2009年8月31日月曜日

写真~出会い~表現すると言うこと

昨日ファイン・アート・フォトグラファー講座が無事終了しました。
御参加下さった皆様には、長時間のご拝聴、誠に有難うございました。

参加された方々は非常に若かったのですが、自身のお話の内容を聞いていると写真との付き合い方にとても真摯だったのがとても印象的でした。

東京では10年以上続けられてきたこの講座は、写真家を志す方や写真に関わりをより深く持ちたい方にとっては、非常に有意義な講座であると思っていました。事実、仙台を始め遠方から東京に足を運んだ方もおられるほどです。

ギャラリーサイドから見たアートフォトの捉え方、作家としてのアプローチの仕方等、普段は聞くことが出来ない話を、福川さんは次々と話され、改めてその視野の広さに感銘した次第です。

又、参加された方が日頃より感じていた疑問や考えを素直な気持ちで発言されている様子は、正直驚きでもあり、感動すら覚えました。

写真という表現方法と何らかの形で出会い、撮る行為を持って自己表現することを選択した人は、数多くの偶然の中で、何らかの必然により被写体と対峙します。その感覚は、その人にしか感じられない部分でもあり、一方、他の人にも共有してもらいたいものでもあります。しかしながら、人はそれぞれの営みの中で生き、おのずと経験や環境の差により感じ方が違ってしまうことはまぎれもない事実なのです。

それゆえ、表現者としての道を選んだ人は、悩み、模索するのだと思います。

また、それが受け入れられる、られないは別にして、方法論は無数にあります。

僕は昨日片隅で様子を見ながら、この講座がそんな無数に存在する方法論や考え方を自分の中で整理し選択する一つのきっかけになってくればいいなと思っていました。

今後も随時開催したいと考えています。

御要望、ご意見も取り上げていきたいと思っています。

そして、少しでも皆さんの力になれればと。

2009年8月30日日曜日

本日東北圏初のファイン・アート・フォトグラファー講座開催

本日東北圏では初めてとなるファイン・アート・フォトグラファー講座が開かれます。
東京で10年来毎月行われてきたもので、ブリッツ・インターナショナル代表である福川芳郎氏を講師に迎えます。

ギャラリーをオープンしてまだ3ヶ月余り、しかも東北圏では前例の無いアートフォト専門ギャラリーの企画として本当に申し込みがあるかどうか、非常に不安でした。幸いなことに、オープニング写真展で行った横木安良夫ワークショップ&トークショーが非常に好評だったこともあり、その時に来られた方を始め、ほぼ定員通り参加下さる予定です。

今まさに準備を行っている最中ですが、僕自身とても楽しみです。

この講座は、写真家を目指されている方を始め、アートフォトを楽しみたいと考えている方にもお勧めしたいものです。内容は主に普段は絶対に聞くことが出来ない実務レベルの話ですので、アートフォトに対する見方や接し方が変わり、自分自身が抱えてきた疑問や課題に対する解答が見えるかもしれません。

また、当ギャラリーでは現在企画展を主として行っていく予定でいます。
その理由として今週のブログのギャラリーを開いた訳に書きましたが、本物(オリジナル)を観て頂きたいからです。そして、写真展を開催している間に、出来るだけ写真家の方との触れ合いの場を作っていきたいとも思っています。

現在行われている高橋和海写真展においても、作家とのワークショップ、ビューイングイベントを企画していますが、残念ながらまだ予定に達していない状況です。

首都圏においても、作家による定期的なワークショップや企業の企画を除き、作家自らが講師として実際のカメラワークをお話する機会はあまりありません。

是非この機会に参加をご検討下さい。

詳細はこちらです。

http://kalos-gallery.com/event/pg130.html

ご不明な点、ご要望等があればいつでもご連絡願います。

2009年8月29日土曜日

忘れえぬ写真 永遠そして記憶


2007年春、僕は静岡県三島にあるヴァンジ彫刻庭園美術館に行きました。それは、僕の好きな写真家のひとりである古屋誠一さんの「Aus den Fugen」という企画展を観るためでした。

ヴァンジ彫刻庭園美術館はクレマチスの丘と称された自然公園もある文化施設のひとつで、東京から三島まで新幹線で約1時間、そこからバスで20~30分程で行けます。少し、高台に位置するその美術館は、とても見晴らしも良く、一瞬日本ではないような感じがします。普段は、現代イタリアを代表する彫刻家、ジュリア-ノ・ヴァンジの作品が野外と館内に展示されている個人美術館ですが、今回西伊豆生まれでもある古屋さんの作品が館内の一部に展示されていました。

展示室の入り口すぐの場所に展示されていた作品が、上の写真集からの画像です。小さいのでよく判らないかもしれませんが、全体的に明るい淡いブルーの色調が美しく、水平線が空に溶け込む波間に白い一艘の小舟が写っています。これは、故郷である西伊豆の海を撮ったもので、下のパンフレットの女性のバックに写っている海とのことでした。

その時、僕はこの作品から”永遠”という言葉が思い浮かびました。

実は、パンフレットに写っている女性は、古屋さんの妻であり、1985年に亡くなられたクリスティーネさんです。古屋さんはクリスティーネさんが亡くなられてから、生前撮りためていたポートレイトを自ら整理し、私的な記憶の残影を作品として発表していました。写真集としては、”Memoires 1983”があります。

そんな作品の数々を写真集として見た時から、いつかはオリジナルを見なければいけないと一種使命感のような感覚を覚えていました。しかしながら、会場に入った途端、はからずも、クリスティーネさんのポートレイト写真よりも、この海の風景を撮った作品に強く惹かれたのでした。

写真展のタイトルである「Aus den Fugen」は脱臼した時間と訳され、写真集としても発刊されています。古屋さんは妻の死後、撮りためたポートレイトに自ら向き合うことで、あくまで私的な永遠の記憶を写真と言う媒介を通してわれわれに見せているように思えます。

そんな思いが、永遠と感じた所以なのかもしれません。


その後、2008年8月に東京オペラシティ アートギャラリーで行われた”トレース・エレメンツ”展で再び見た時の印象は、やはりその時と変わらないものでした。

トレース・エレメンツ”展の紹介映像が偶然YouTubeにあることを知りましたので、載せておきます。

http://www.youtube.com/watch?v=5FO2RuxXGtU







2009年8月28日金曜日

”LIFE 井上陽水”

今週の月曜から昨夜まで、NHK教育テレビで4夜連続で”LIFE 井上陽水”という特集番組を行っていました。以前、井上陽水さんがらみで傘がないに関する話を載せましたが、デビュー40周年を記念して、NHKが番組制作するとは考えてもいませんでした。

井上陽水さんは、昨年還暦を迎えました。まだ、60歳と言ったほうか良いのか、番組で受け答えする姿を見ても、なんとも得体の知れない物腰は相変わらずです。

毎夜登場する井上さんに関わってきたアーティストや文化人は、その時々の時代を感じさせる人たちばかりです。中でも、30代に麻雀を一緒にしていた阿佐田哲也さんは強烈な個性でした。井上さんですら、どこまでがホントでどこからが冗談なのかがよく分からなかったけど、憧れの存在だったと話しているほどです。また、純文学と娯楽小説両方で活躍される作家は今後現れないでしょうね。

http://www.youtube.com/watch?v=jxSDinhpcto

アーティストでは、やはり忌野清志郎さんかな。彼と2人で作った”帰れない二人”のような詞って、今の世の中なかなか出てこないだろうな。ロマンティックで儚くて、希望や絶望が同次元に存在しているようで、美しすぎます。

http://www.youtube.com/watch?v=0USYCP6VWv4

なんか、井上さんのことをほとんど書いていませんね。この番組を見て改めて判ったことは、井上さんは表現しなければ生きられない人なんだと言う事。それは、現在でもなお、強烈なオリジナリティーで言葉やメロディーを紡ぎあげ続けていることでも判ります。

そして、最も大事なことは、彼が作り出す楽曲そのものを時代や人々が、まさにその時点で求めていた(受け入れたがっていた)ことと何より彼自身が無意識であれ、敏感にそのことに気づいていたことだと思います。

2009年8月27日木曜日

僕がギャラリーを始めた訳 その1

ギャラリーを開設した理由の一つに、作品として成立しているアート写真をオリジナルで見て欲しいことがありました。そして、そこから湧き上がる感情や衝動を、実際に体感してほしいと思ったからです。

現在は情報が秒単位で更新され、ネット上ではほぼリアルタイムに文章や画像として手に入れることが可能になってきています。しかし、その感覚はあくまでも画面を通して得られたイメージの断片に過ぎず、直接心に響くものではないように感じます。

ネットは確かに情報を手に入れやすく、便利な道具(すでに生活の一部として欠かせないもの)として認知されています。しかも、それぞれの情報は常に新しい情報へと更新され、終いにはどこまでが正しく、どこまでが誤ったものであるかの判別をつけることすら困難になってきています。

不特定多数の人間がある一つの物事に対してさまざまな意見や考えを語るとき、それを取捨選択するのは受け手側に全て委ねられます。受け手側はその人自身の経験や知識を持って、出来うる限り客観的に内容を判断し、理解しようと努めます。そして、その行為はほとんどの場合、頭の中の作業の結果であり、自身の想像の域を外れないもののように思えます。

人には五感があります。しかも、それらの感覚を同時多発的に活用することを、自然の内に行動として起こしています。したがって、同じイメージを画面上で見た時と実際目の前で見たときの印象が違うということは、自然の流れなのです。

そして、その印象は時に自身の想像をはるかに超える場合があります。そんな時、人は理解出来ない、何を表現しているのか判らないと判断してしまいがちです。でも、その時の感情は紛れも無く自身から生まれたもので、ただ、言葉や行動として表現出来ないだけなのかもしれないのです。

アートは情報ではありません。生活としていく上で直接関わらないものかも知れません。
それでも、太古の頃からアートの存在が認められるには、必ずわけがあるのです。

先ずは観て、感じ、楽しんで下さい。

そこから、何かが始まります。

そのお手伝いを、僕はしていきたいと思っています。


現在、高橋和海ワークショップ&ビューイングイベントの申し込み募集中です。
ご自身の想像や創造の枠を広げてみませんか。
詳しくは下記のページからお入り下さい。

http://kalos-gallery.com/event/pg130.html

2009年8月26日水曜日

“法王庁の避妊法”

“法王庁の避妊法”、とても変わったタイトルですよね。

休廊日に、5度目となるDVD観劇をしてしまいました。2003年ホリプロが企画、制作し、世田谷パブリックシアターで上演されたものです。

この芝居は1994年、同名の小説を飯島早苗さんと鈴木裕美さんが戯曲化し、自転車キンクリートによって初演されました。その後、さまざまな劇団により公演されている現代演劇を代表する作品のひとつです。

内容は、オギノ式で有名な月経周期に関する「荻野学説」の発見までの過程を、荻野久作とその周囲の人々との関わりを通して、コミカルにそして非常に暖かい視線で描かれています。

全編に渡って女性に関わる事柄ですので、女性の劇作・演出家の2人で戯曲化したことが、非常に繊細で、優しさに溢れた作品になっている所以だと思います。

しかも演ずる役者は、まるで当て書きをしたかのように登場人物と一体化していて、飽きることがありません。特に、荻野久作演ずる勝村政信さんは医者として、研究者として、何より一人の人間としての強さや弱さを、存在感ある演技力で演じ切っていて見事の一言です。

妊娠、出産は人間の生命の価値についての大テーマだと思います。その価値観も置かれた立場や境遇によって人それぞれです。僕は舞台上でそれぞれの意見を対比、提示させられる度に、あたかもそのことが自分自身の命題でもあるかのように突きつけられている思いがしました。

現代の日本は閉塞感が被い、非常に生きにくい世の中になっていますが、この作品からはより根源的な人の尊厳や生きることの希望のようなものも考えさせられます。

しかし、芝居自体は難解なものでもただ高尚なだけのものではなく、どなたでも楽しめるものです。
つまり、それが脚本の良さなのです。

この芝居はDVDとして市販もされています。

機会があれば、是非ごらんになって下さい。

2009年8月25日火曜日

夏の終り

このまま、夏が終わってしまいそうなぐらい爽やかな朝です。

高校野球も終わり、小学校の夏休みも終わり、いろんな夏が終わっていきます。
今年は梅雨明け宣言も無く、いつの間にか天気図には秋雨前線が発生しているし、本当に夏らしい日が少なかったように感じます。

仙台での久しぶりの夏。

自宅にはエアコンも扇風機もなく、夜は寝苦しいのかなとか思っていたのですが、早朝polkaに一旦起こされるまでは目覚めないぐらい安息の毎日でした。東京での暑さに比べたら、避暑地にいるようなものですね。もっとも、300kmも北に位置しているのですから、当たり前と言えば当たり前です。

でも、僕が小学生の頃は、もっとじりじりとして暑かったように思います。きっと日本全国どこでもそうなのかもしれません。特に自分の小さい時の記憶って、強烈な印象が残っていないと思いだせないので、余計そう感じるのかもしれません。

家の中に当たり前にエアコンなどなかった時代、首降り扇風機で涼をとりながら、縁側に座り、冷えたスイカを食べた記憶。照りつける日差しが、目の前の地面をからからに乾かし、水をまいても一瞬にして蒸発してしまうような暑さ。近くの神社の鬱蒼と茂った森の中に響くセミの声、そしてその中に入り込んだ時のひんやりとした空気。

日本全国どこにでもある情景だったと思います。今だって、どこかには残っているのだとも思います。

とは言っても、なにも昔を懐かしがっているのではありません。


結局、人は今でしか生きられませんからね。

そして、変わっていくのは周りだけではなく、自分自身もですから。

2009年8月24日月曜日

EBTG "Eden"


部屋の掃除をしながら、何気なく引っ張り出したレコード。

紙ジャケットのUK盤。

今から、20数年前によく聞いていたアルバムの一つでした。イギリスで生まれたネオ・アコースティックの代表アルバムと言われている、エヴリシング・バット・ザ・ガール(Everything But the Girl: EBTG)の1stアルバム”Eden”。

当時はそんなLPレコードの封を開けるたびに、輸入盤独特の匂いを感じながら、ターンテーブルに針を落としていました。

EBTGは、男女2名のグループです。ビジュアルはお世辞にも良いとは言えませんが、演奏される楽曲は、ジャズ・ボサノバのエッセンスが強いながらも、素朴な音づくりで妙に気に入っていました。
メインボーカルは女性のトレーシー・ソーンです。彼女の声は低く太いのですが、なぜか気持ちが落ち着くものでした。

当時”癒し”などと言う言葉が、世の中にまだ広まっていなかったと思いますが、彼女の声にはその要素があったのかもしれません。もともと、ブラジル音楽が好きだったこともあり、体にすんなり入ってくる感じでした。

EBTGの音作りは、その後色々と変遷していくのですが、僕は初期のころが一番好きですね。

音はイマイチですが、YouTubeにもライブ画像がアップされていました。

それにしても、LPジャケットってやはりいいですね。よくジャケット買いをして失敗をしていましたが、なんかその当時の自分も思い起こせます。

2009年8月23日日曜日

世界陸上 ベルリンの華

本日がベルリンで行われている世界陸上の最終日です。

今回はウサイン・ボルトで始まってウサイン・ボルトで終わるのかなと思えるほど、彼の走りは地球外生物のように驚異的でした。時差の関係で、連日深夜遅くもしくは陽が昇る直前のレースだったので、ほとんどは翌日のニュースで知りましたが、生で見られた人はものすごいインパクトを感じたと思います。

競技経験豊富な解説者が、あまりの驚きで言葉にならなかったことが、その事実のすごさを物語っていますね。想像をはるかに超えた感動や衝動にかられた時、人は言葉を失い、ただその場に立ち尽くすしかないと言いますが、まさにそんな状況だったように思います。

そのほかにもさまざまなドラマがありました。女子棒高跳びや走り高跳びのように、競技としての駆け引きがあるものは、選手の表情やその場に置かれた心理状態を考えると、まさにシナリオの無いドラマそのものでした。

そんな中、僕は一人の女性ランナーに注目していました。その選手は、200mで大会3連覇をしたアメリカのアリソン・フェリックスです。おじさんですねと言われそうですが、少しシュープリームス時代のダイアナ・ロスに似た、彼女がとても好きでした。

2003年に初めて全米代表となった時、彼女はまだ高校生でした。今大会から選手のキャッチフレーズが無くなりましたが、当時「史上最速の女子高生」などとネーミングされていたと思います。一昨年の大阪大会では、「スーパー女子大生」となり、アイドルばりの言われ方をされていたのですが、その走る姿は一切無理が無くただ美しいの一言でした。

昨今の女子選手は筋肉隆々で、そのパワーを全身で押し出し走るタイプが増えているのですが、彼女の走りはそれとは別の次元のものです。

一切無駄の無い筋肉とぶれの無い上半身、流れるような軽快なスプリント、そして最終コースを回ってからの驚異的な伸びは、見ている者全てを魅了するといっても過言ではありません。まさに、芸術の域にも達しているように、僕は思います。

その彼女も今年23歳、すっかり大人の女性としての表情が備わっていました。以前のように髪型をレースごとに変えていたかが分からないのですが(200m決勝しか見ていないので)、決勝での髪型は黒髪を後ろで一つにまとめていただけで、年相応の美しさが出ていたように感じます。

残念ながら、まだオリンピックでの優勝がないので、次のロンドンでの彼女の走りを楽しみにしていたいですね。


PS. 現在富士フォトサロン仙台で第7回けんとくらぶ展/第5回大伸ばし写真展(8/20-25)が開催されています。この写真展に出展され、以前ワークショップに参加されました井原秀己さんが開催に合わせて来廊して下さいました。
おみやげまで頂き、本当に有難うございました。
写真展の成功を心よりお祈り致します。
http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/sendai/

2009年8月22日土曜日

kalos・・・そして、つながり

ギャラリーのホームページにも、”kalos”の意味を載せていますが、僕の場合、写真のカロタイプを先ず思い起こしたのですが、他にも色々な語源になっています。

花の呼び名の語源になっていることが多く、少し調べただけで4種類ありました。

○ヘメロカリス ニッコウキスゲの園芸改良種 ユリ科のヘメロカリス属
○カリメリス きく科ヨメナ属の多年草の植物
○カランテ 蘭(ラン)科エビネ(カランテ)属の地生ラン
○カリステモン フトモモ(蒲桃)科カリステモン(ブラシノキ)属

変わったところでは、カトカラという名の後翅が綺麗な蛾。

そして、カレイドスコープ。日本語で万華鏡ですね。

kalos「美しい」、eidos「形」、skopeo「見ること」の3つのギリシア語の造語です。

調べてみると、万華鏡は、スコットランドの物理学者デヴィット・ブリュースターが1813年に発明したとなっています。大昔物理の授業で聞いた名前だと思いますが、もう200年近く経っているのですね。この人は、もともと灯台なんかの光学系の研究をしていたところ、思わぬところでカレイドスコープを発明してしまったようです。その為、パテント申請をしたまでは良かったのですが、特許登録上の不備でお金儲けにはならなかったそうです。

以前、渋谷の文化村で展示会(毎年行なっていたと思います)をしていた時、変わった形の万華鏡を覗き、その美しさや発想に感心した覚えがあります。たしか、麻布十番にも専門店があったような・・・。
調べてみたら、やはりありました。

http://www.brewster.co.jp/index2.html

何で、万華鏡のことをこんなに書くか不思議でしょうが、それはおいおい載せる機会があれば載せたいと思います。

人と人は思わぬところで、つながっているのです。

運命でも偶然でもなく・・・。

2009年8月21日金曜日

素足の日々

いつの頃からだろうか、夏場から秋口にかけて靴下を履かなくなったのは。

どこかの芸能人のように年中ではないですが、僕もこの時期はほとんど靴下を履いていません。

理由はただ一つ、気持ちがいいからですね。

足自体の開放感とそれに伴う気分の良さからいつの間にかそうなってしまいました。

ただし、サラリーマンだった頃はほぼ内勤でしたが、仕事中はそういうわけにはいかなかったので、この時期は靴下を持って出社していました。出社時に靴下を履き、靴を変え、退社時に脱いでまた靴を変えるといった毎日です。(スーツをほとんど着たことがなかったので出来ましたね。)

素足で靴を履いていると、やはりムレはおきます。一日中そうしていると、においも気になってきます。
そんな時に役立つのが消臭・抗菌スプレーです。以前はそれほど多くなかったのですが、Loftとかに行ってみると、最近はいろいろなものが並んでします。

それと、昨年から靴も変えました。

ロックポートの”カーウォッシュ (car wash) 2”というドライビング・シューズの一種ですが、非常に柔らかいので履いていて楽なのです。今は次のシリーズの”コルレイン”になったので売っていないと思いますが、この靴の良いところは天然皮革でありながら、洗濯機で丸洗いできるところです。


ギャラリーを開けていない時でも、一人でいることが多いのですが、そんな時は靴も履かずにいます。

そうして、黒のベンチシートの上に座り、大判の写真を観ていると、何故か開放感と同時に一体感を味わうことが出来ます。

僕だけが感じることなのかもしれませんが、体験されたい方はお声をお掛け下さい。

2009年8月20日木曜日

記憶、感動・・・驚き


昨日の午前中、小雨降る中ギャラリーの通り向かいにあるビルで、窓拭き作業を行っていました。命綱一本で屋上からぶら下がり、スパイダーマンのように、3人で作業しています。

この12階建てのビルには数多くの窓があるのですが、最初から決めてあったのか、特定の窓のみを拭いているようでした。一枚にかける作業時間も非常に短いので、特に汚れていた箇所だけを拭いていたのかもしれません。

僕は年を取るにつれて、高所恐怖症気味になってきています。上京した頃は、高層ビルが物珍しく、訳もなく昇っては地上の眺めを楽しんでいたのですが、最近では7階の自宅マンションのベランダから下を覗き込んだだけで、足がすくむ思いがします。

何とかと煙は高い所が好きと言いますが、特に頭が良くなったわけでもなく、むしろ物忘れも時々出てきて、そんな時は少しへこんでしまいます。

特に数字と人の名前が覚えきれないときがよくあります。電話番号なんかは普段使う所以外はほとんど覚えていませんね。だから、携帯やPCの住所録が消えてしまったら、と思うととても怖くなります。

以前、あるアンケートで「平日の朝、家を出て、携帯電話を忘れてきたと知った時、あなたは取りに戻りますか?」との質問をサラリーマンと女子高生にした結果を見たことがあります。
皆さんはどちらの方が戻る割合が高いと思いますか。

これが意外にもサラリーマンの方が圧倒的に多いのです。理由は、携帯電話が無いと仕事にならないが一番多かったように記憶しています。一方、女子高生の場合、昼間は学校での活動が主なので、その間は実際話もできるから取りに戻らない人が多かったと思います。

高所恐怖症と年齢との関係は分りませんが、記憶との関連はいやおうなしにあるのだと思います。ましてや、非常に便利な世の中になり、覚えていなくても良い部分が増えるにつれ、その能力も衰えてくるのかもしれません。

それが直接の理由では無いのですが、ここ数年、芝居や写真集、展覧会などを繰り返し観るようになりました。その時の記憶や感動を呼び起こすためというより、むしろ、その時に感じられなかった新たなものを見たいが為のような気がします。

話にまとまりがつきませんが、僕は年を経るにしたがって、感動はするけれども、驚きは薄くなっていくように思っていました。それは、実際の世界の方がフィクションをはるかに凌駕することが多く、その事実を目の当たりで経験する機会が増えるためだと考えています。
だから、自分は7階のベランダで下を見て足がすくむ思いをするけど、12階のビルで命綱1本で作業をしている光景には、さほど驚かないわけです。

でも一方で、まだまだそんなことはないんじゃないの、という気持ちもあります。

それが広い意味でのアートの可能性だと、僕は思っています。

2009年8月19日水曜日

”人間合格”

一昨日から昨日にかけて、以前DVDに録画していた”人間合格”という芝居を観ました。いつもは、TVで観るのですが、今回はギャラリーに置いてあるPCで、夜一人で観てみました。

僕が持っている芝居関係のDVDは、ほとんどがBSデジタルやWOWOWから録画したものです。仙台に来てからは、マンションの電波状況が悪いので、BSは見ないようになってしまいました。

週に一度はNHK‐BSで深夜に芝居関係の番組があり、WOWOWもかなりの頻度で劇場中継をしていましたので、平均すると毎週1.5本程度はテレビで芝居を観ていたことになります。実際に生でも週一ペースで観に行っていたので、毎週2~4本観ていたことになりますね。ほんと、よく観ていたものです。

さて、”人間合格”という芝居は、脚本が井上ひさしさんです。井上さんは、人物の評伝物を多く書いています。もう気がついた方もおられると思いますが、この芝居は太宰治を描いたものです。

井上さんは、どんな芝居を書くときも、その頃の時代背景や描こうとする人物を綿密に調べます。1作品を書き上げる為の資料たるや膨大な量になり、一冊一冊に貼られた付箋の数は数え切れないほどです。

山形県川西町農村環境改善センター内の「遅筆堂文庫」には、13万冊を超える井上さんの資料が寄贈され、実物を眼にすることが出来ます。これらを見ると、自ら遅筆堂とペンネームを持つ理由がよく分ります。

”人間合格”はこれまでに5回上演されています。僕が持っているのは、2003年に上演された4回目のものです。いつも観て感じることは、井上さんは、太宰の生き方や考え方をその抒情性の内に理解し、鎮魂の念を込めて描いていることです。

このことは、エピローグですまけい演ずる屋台のおやじが語る独白に表れています。そして、背景に使われている原稿用紙に書かれた”人間失格”の文字が、切り貼りされた紙により”人間合格”となっていることで、その思いが伝わってくるのです。

また、井上さんは一人の人物に焦点を当てることで、その時々の時代や風潮も描いています。この芝居でも戦時下での軍国主義が、8月15日を境にして民主主義に一変してしまった人々の心の内や態度、中途半端な左翼運動を行いながら、文という形で常に自身の弱さをさらけ出してきた太宰を描くことで、人間本来が持っている弱さや業と言ったもの、そして人として決して忘れ去ってはいけないものを表現しているように感じます。


前にも書きましたが、今年は太宰治の生誕100年に当たる年です。メディアでも良く取り上げられていますね。

僕は、太宰の生き方に賛同しているわけではありません。でも、津軽の地主の息子であった津島修二という一人の人間が、いつも”これでいいのか”と自身をも疑い、考えながら、人間の起こすきらめく”宝石”のような物語を太宰治の名で作り上げてきたことは事実です。

これはこの芝居でのモチーフでもあり、共感できる点ではあります。

そんな真摯でありながら、とても人間臭い太宰治に人々は魅力を感じるのかも知れません。

2009年8月18日火曜日

高橋和海写真展 初日

本日からいよいよ高橋和海写真展が始まります。

今回の一番の目玉はなんと言っても、大判作品です。

縦120、横150cmの木製額でしつらえた作品が壁3面に1作品ずつ展示されています。写真集の表・裏表紙にもなっている2作品と抽象画のような趣のある海の写真が1作品、合計3作品になります。

2番目として、写真集に掲載されているイメージ全点の印刷原稿であるオリジナル・プリントを実際見られることです。多くの写真展は、写真集の一部を作品として展示されるのですが、今回は希望される方に限り、11×14インチのサイズでお見せすることが出来ます。

この2点だけでも、普通では考えられないことです。

プリントはタイプCプリントで、適度な質感と艶感が、作品本来が持っている強さやたおやかさを醸し出しています。写真を撮られる方はもちろんですが、撮られない方でもその素晴らしさに驚かれると思います。

それから、3番目として、ギャラリー内も作品の印象を損なわない程度に趣向を凝らしています。一般のギャラリー空間にもない、いわゆる非日常の空間が出来たのではないかと思っています。

僕は、今回、来て下さる皆さんが作品を間近で見られ、さまざまな想いや心の揺れを感じてもらえるだろうと思っています。ギャラリーに足を踏み入れた瞬間、もはや言葉は必要ないのかもしれません。体全体で、ご自身の素直な感情を楽しんでもらいたいと思います。

そして、もし気に入って下されば、ご自身の言葉や表現手段を使って、身近な方に伝えて欲しいのです。


きっと、満足して頂けると信じています。

また、曜日や時間に都合がある方は、ご連絡下さい。出来る限り対応します。

これが、個人で行っているギャラリーの良さでもありますから。

2009年8月17日月曜日

力強い味方 Part2


仙台に帰って来て、移動手段に自転車を使うようになりました。

仙台市街地はほとんど平地なので、バスや地下鉄を利用するより便利です。仙台駅までも
20分もかからないですし、区役所や市役所などの公共機関も自転車なら目と鼻の先といったところです。

仙台の場合、幹線道路の歩道には自転車レーンが付いているので、とてもゆったりとして、車を気にすることがほとんどありません。ロードバイクに乗る人も少ないので、歩行者と一緒にのんびり走っている人が多くみられます。

ほぼ5年ぶりに自転車を購入しました。おじさんが乗るようなタイプではないし、あまりスピードも出ないのですが、周りに何があるかきょろきょろ見ながら走るにはちょうど良い感じです。(ほかの人には迷惑かもしれませんが)

僕が住んでいるマンションには1階に駐輪場があるので、エレベーターで一緒に昇っていく必要はないのですが、近くにある実家のマンションでは、エレベーターに乗せていかなければなりません。2基あるエレベーターはそれぞれ大きさが違い、普通のママチャリでは1基しか使用できないのですが、このタイプですとどちらでも乗れるので、他に乗る住民の方に気を使うことがなくて済み、とても助かります。

仙台を問わず地方の交通機関は、都内と比較すると料金が高く感じられます。利用する人数が違うので仕方が無いことなのですが、なんかもったいない気がします。これだったら、歩いていこうという気にもなり、自転車を購入する前は仙台駅までも良く歩いて行っていました。

今は、ギャラリーをオープンしている時には、ほとんど出られないので、午前中のちょっとした時間に出かける時などは、自転車になってしまいます。以前書いた除湿器にも劣らない強力な味方の一つです。

さて、明日からいよいよ高橋和海写真展が始まります。しばらくは外出する時間が限られてきますので、今日は薄曇り空の下、地元の大学写真部の写真展でも観に行こうかと考えています。

2009年8月16日日曜日

伝えたいこと、伝わること。

もう何十年も考えていること。

伝えたいこと、伝わること。

自分の考えや意思、あるいは仕事上での指示にしたって、自分が他の人に伝えたいことをそのままストレートに伝えることは、非常に難しいですね。ギャラリーを始める以前のずっと昔からそう思っていました。

だから、人は論理的、数値的に変えられる部分は、具体的な形として示すことで、分り易く表現し、出来る限り真意が伝わるようにしようとします。これは、感情の伴わない部分では、かなり有効な手段ではあります。

じゃあ、感情や感動といった心の動きを、他の人に伝える時はどうしますか。ある人は自分の言葉で語り、又ある人はそのままずばり映像として見せたり、また文章を書くのが得意な人は、文書として分り易くまとめて伝えようとします。

でも、それって説明であって、本当に自分か感じたこと、自分が表現し伝えたいことじゃないような気もします。

例えば、好きな女の子に告白する時に、自分の気持ちや思いを論理的に、かつ冷静に伝えられるかと言えば、そうじゃないのと一緒です。

ましてや、どれほど伝わっているかは自分では分らないことの方が多いですから、余計、伝えることの困難さを感じます。

アートの世界は、そのあたりが特に難しいように思います。一つの作品を観て感じることは、100人いれば、100通りあります。しかも人は、視覚のみで感じるわけではなく、無意識下で様々な感覚を働かせています。もちろん、その日の体調や状況にも左右されるわけです。

ということは、逆に、アートに対して何を感じてもいいし、伝わるものが人それぞれであっても良いわけです。むしろ、そこから生まれるときめきやドキドキとした感情や感動を大事にした方が良いように思えます。

今は、そんな風に自分に対して言い訳をしつつ、作品が本来持つピュアな部分を感じてもらいたいと願いながら、展示を行っています。


そして、伝わっているかを決めるのも、僕ではありません。

観に来てくださるあなた方なのです。

2009年8月15日土曜日

夏が来た~!!  熱っ!!

夏が来た~!!

昨日は久しぶりに夏の青空で、すっごく暑かったけど、気持ちよかったです。

午前中から自転車を飛ばして駅近くまで行き、少し営業らしきものをしてから、地元の写真展を覗き、塩ラーメンを食して(この暑い中)ギャラリーへ戻ってきました。
帰る途中にあるアーケード街の出口で信号待ちをしているほとんどの人は、信号が変わるまでの間、アーケード下の日陰で待っています。

雨ばかりでも困りますが、日差しがきついのも困り物なのでしょうね。

それから、午後の1時間ほどで、1週間振りに洗濯もして、昼間に部屋にいる姿に少し怪訝そうな顔をしながら寄ってくるpolkaの背中を撫でていました。

洗濯をしている間(洗濯機がしているのですが)、昼間には滅多にスイッチを入れたことのないテレビに電源を入れ、ぼんやり眺めていました。

リモコンのボタンを押すたびに、ワイドショーとドラマが交互に現れる様子に少しウンザリしながらも、結局はワイドショーを見ていました。

その時ワイドショーで取り上げていた話は、看護系高校で看護師を目指している男子硬式野球部のこと。まだ、1勝もしたことのない野球部員らを地区予選まで追いかけた本当に短いドキュメントでした。

2007年に開校したその私立高校は、その性格上、男子は22名程しかいません。内11名が野球部員、その内、7名は野球経験がない男子です。

ルールを教えることから始まり、マジで、打った後3塁に走ったとか、もはや漫画でも登場しないようなエピソードの数々。

でも、彼らは熱いです。夏だから熱いのではなく、ましてや、若いから熱いのでもなく、目標があるから熱いのですね。

学校での授業は、人の命に関わることので、普通の学校よりもしかる表現もきついように感じますし、全寮制で、遅くまで課題をこなしてもいます。

結局、地区予選は勝てませんでしたが、彼らの顔には充実した涙が伝っていました。

普段は、女子から男扱いされていない彼らを、一人の女生徒は、”惚れちゃいました”と冗談のように笑顔で話していたのが印象的でした。


しかし、世間では、一所懸命さって言葉じゃ表れないし、結局結果を求められるので、大人になればなるほど難しいよな・・・なんて、独りごちってしまいました。

2009年8月14日金曜日

天使のつぶやき~天使の歌声

「キレイ」

3日前に書いた、天使のつぶやき。

あれから、連想ゲームのようにいろいろな言葉が頭に浮かびます。

松尾スズキのミュージカル”キレイ”、そのテーマだった”きれいはきたない、きたないはきれい。”のフレーズ、”リフレーミング”、そして、”ミニー・リパートン”。

共通することは、枠組みを取っぱらってしまうこと。

松尾スズキが作った”キレイ”は既存のミュージカルの概念を突き破ってしまった傑作です。お世辞にも演ずる役者は、歌が上手いわけではありません。でも、それは確かにミュージカルなんです。劇場の他に、何度も繰り返し、DVDで観ました。その度に新たな発見がある、そんな作品です。

その中でテーマのように使われていたフレーズが、”きれいはきたない、きたないはきれい。”です。もともとは、シェークスピアの”マクベス”1幕で魔女が歌ったものですね。
僕たちが見るあらゆるものは、見る側面によって違うというか、いかようにでも解釈出来るってことです。

そして、それはまさしく”リフレーミング”ってことです。辞書で調べると、「ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事を枠組みをはずして、違う枠組みで見ることを指す。」とあります。

それから、僕の頭にすぐ浮かんだのが、”ミニー・リパートン”でした。

言うまでもなく、ミニーは偉大な黒人女性シンガーの一人です。歌声を聞けば、大抵の人は分かると思います。そう、天使の歌声でした。
ミニーは1973年7月、全米のシンガーやファンに惜しまれつつ、31歳の若さでがんで亡くなりました。
ミニーの人生哲学は、人々をハッピーにさせること、何事も前向きにとらえ、ポジティヴに生きていく、ということです。

死後リリースされたベスト・アルバムの帯には、ステージでしばしば話していたセリフが載っています。

「私は物事をこう見るタイプの人間なの。ミニー・リパートンのグラスは、いつも半分からっぽ(ハーフ・エンプティー)ではなく、半分いっぱい、(ハーフ・フル)と」

それは、1973年初頭に乳がん手術で片胸を切除したことを、そんな言葉で喩えてもいるのです。

ミニーの代表曲は、後年世界中のシンガーがコピーしています。あえて、曲名は載せません。一方、僕は”ギヴ・ミー・タイム”というバラードに本当のミニー自身の心情が表されている気がしてなりません。途中、ミニーが最も敬愛するスティービーワンダーがハーモニカで参加しています。

http://www.youtube.com/watch?v=kE0pwJ5PMDg

http://www.youtube.com/watch?v=VG42Iu97d5w


音楽やアートは人それぞれの見方により、その価値観は変わってきます。

自分の持っている枠を一度外してみてはどうでしょうか。
もしかすると、周りの景色までも変わって見えるかもしれません。


そして、僕は写真にもそんな力が充分に備わっているのだと、信じて止むことはないのです。

2009年8月13日木曜日

優しい雨

予想通り、今年は東北地方の梅雨明け宣言がなくなりました。

いつの間にか立秋も過ぎ、夏らしい天気にもお目にかかれないまま、秋へ突入しそうな勢いです。

そんな事とはあまり関係ありませんが、何気なく雨のつく歌を検索していたら、本当にたくさんあるのですね。その中で気になったのが、1993年にリリースされた”優しい雨”という曲でした。

作詞 小泉今日子、作曲 鈴木祥子、もちろん歌ったのは小泉今日子さんです。

小泉今日子さんは、当時27歳、アイドル全盛時代は過ぎ、ドラマやCMに活躍していた頃だったと思います。僕もとても好きな曲でした。

僕は小泉さんとは、一度だけ間近でお目にかかったことがあります。もちろん、お話はしてませんが。
それは、2003年7月渋谷PARCO劇場で上演された”ふたたびの恋”を観にいった時のことです。

劇場に入り、自分の座席に座わって周りを見渡すと、ひとつ後ろの席に竹中直人さんがいました。竹中さんの隣には女性がいましたが、僕はその人が誰かは気がつきませんでした。第1幕が終わり、タバコでも吸おうと喫煙コーナーへ向かった時、5mぐらい手前で竹中さんの姿が眼に入りました。そして、連れの女性も隣にいたので、なんとは無しに見るとそれが小泉さんだったのです。

小泉さんは、明らかに周りの人達(失礼ですが竹中さんも含め)と、発するオーラが違っていました。服装とかは普通の人とそれ程変わっていませんが、やはり何かが違っています。久しぶりにドキドキしたことを今でも鮮明に覚えています。


YouTubeには、小泉さん自身のPVと作曲した鈴木祥子さんがキーボード弾き語りで歌っているバージョンがありましたので、両方を比べて聞いてみてください。

しっとりとした旋律の中に、強い想いが詰まっている曲です。

http://www.youtube.com/watch?v=G--u-i2HFWU

http://www.youtube.com/watch?v=hnmDgrXvCEw

仙台は今にも泣き出しそうな空模様です。

でも、今日は”優しい雨”になるかもしれませんね。

2009年8月12日水曜日

少しずつ、少しずつ。

8月に入ってから、各地での集中豪雨、台風9号による浸水や昨日起きた静岡での地震による災害といった天災の被害や犠牲のニュースが立て続けに流れているように感じます。

異常気象や地球温暖化などの言葉を耳にしてから、もう何年たったのでしょうか。
また、阪神・淡路大震災が起きてからすでに14年が過ぎ、あれから様々な地震への備えや耐震構造建築への移行がよく話されてもいました。

備えあれば憂いなしの言葉通り行っていても、やはり個人としての限りはあるし、それゆえに自然の恐ろしさや大きさが目の前に起きた時点で改めて感じることになります。そして、同時に心に痛みも感じます。

地球規模でマクロ的に見れば、このような天災や異常気象はそれほどのことではないと思えなくもないですが、産業革命以降の人口物の急激な進化やそれによる環境汚染などは、氷河期が起きた時代にはなかったことで、多少なりともその影響は自然に及ぼしてきていると思います。

そんなことを考えながら、以前読んだ一冊の本を思い出しました。

“魂の森を行け―3000万本の木を植えた男” (新潮文庫) (文庫) 一志治夫(著)
この本は、「潜在自然植生」に基づく森林再生術を習得した植物生態学者・宮脇昭さんの人生を描いたノンフィクションです。宮脇さんは1928年生まれですから今年で81歳です。今も現役で、各地で植樹活動の指導を行なっているそうです。

本の中で宮脇さんはこのようなことを言っていたと思います。

「その土地本来の森であれば、火事や地震などの自然災害にも耐えられる能力を持つが、人工的な森では耐えられない。手入れの行き届かない人工的な森は元に戻すのが一番であり、そのためには200年間は森に人間が変な手を加えないこと。200年で元に戻る。」

以前書いた”リンゴが教えてくれたこと”の著者である木村 秋則さんも、山の自然の土に出会ってから、自然栽培の道が開けたと話しています。


はるか昔、人間は自然への畏怖や畏敬の念を日常的に感じながら生活し、自然との共生を体現してきていたのだと思います。また、それは、現在のような社会の複雑性も少なかったから出来うるものだったのかもしれません。

でも、人って、社会ってそんなに変わってしまったのかなという思いも、僕にはあります。

確かに利便性、効率性を追求し、価値観の多様化が急激に進んでいる世の中ですので、自然と人、人と人とのバランスが崩れることは、ある意味仕方ないことなのでしょう。
特に、今は人と人とのバランスってとても難しいですものね。

だからと言って、このままでいいとは誰しも思っていないはずです。

先ずは、身近なところから、自分の出来る範囲で。

少しずつ、少しずつ。

2009年8月11日火曜日

心から感謝

楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていきます。

昨日はそんな夜でした。

朝から降り続ける雨の中、若い二人はバイクを走らせて、ギャラリーを訪れてくれました。
合羽を着こんで、びしょ濡れになりながら、タンデムで走っている姿が幾度となく眼に浮かびます。

半年振りの再会。その間、いろいろと悩み多いことが起きていたけど、変わらない笑顔を僕に見せてくれました。

ギャラリーでのひととき。展示全体の雰囲気、作品自身の強さに何を感じてくれるだろうか。必要最小限の情報に、彼らの五感のいずれかを揺することが出来ただろうか、ほんの少しだけど、不安になります。
なにしろ、彼らが今回の写真展の初めてのお客さんだから。

そんなことを思っていると、前回の写真展に何度か足を運んでくれた若い姉妹の妹さんが、入口のカーテンから顔を覗かせました。入口が開いていたので、もう始まっているかと思い入ってきましたと少し不安そうな顔。以前の展示とはまるで表情を変えているギャラリーに驚いている様子です。

今日はあまり相手が出来ないけど、観ていって下さいと僕が中に入るように促すと、作品に魅入られるように歩みだし、思わず出てしまったような一言。

”キレイ”

僕には、大袈裟ではなく天使のつぶやきのように聞こえました。なぜならそれは、感情から自然に発せられた言葉だったから。



それから、僕らは夜の仙台へ、そして他愛のない会話。
充分すぎるほどのの優しさをもらい、いつの間にか時計は午前2:00を回っていました。

二人は今日、山形で一泊してから、奥さんの故郷の新潟へと向かいます。
束の間の夏休み、だいぶ遠回りの帰省になってしまいました。

心から感謝。

小雨降る中、彼らが走り去る姿を手を振りながら追いかけます。

そして、角を曲がり、二人の姿が見えなくなっても、しばらくそれは続いていました。

2009年8月10日月曜日

ブロードウェイミュージカル ”RENT”

現在、東京赤坂にある赤坂ACT劇場で、ブロードウェイミュージカル”RENT”が上演されています。”RENT”は、日本でも著名なミュージカルで、来日公演や日本語版も含め、数多く公演されてきました。

昨年9月に12年ものロングラン公演を惜しまれつつ終了し、今回ブロードウェイ・ツアーとして、日本に来ているわけです。今回の目玉は、なんと言っても主演の二人と演出が初演時オリジナルであることです。

“RENT”については、様々な解説や劇評がネット上でも多く発表されているので、詳細は書きません。今回の公演で、僕が注目している所は、アレクシー役として日本人のユカ・タカラ(高良結香)が出演していることです。


高良結香さんは、沖縄出身で、高校を卒業後渡米し、ニュージャージーの大学でダンスを専攻します。その後中退し、ニューヨークでダンスレッスンを受ける一方でジャズダンスを教えながら、数々のオーディションにチャレンジしました。

今まで受けたオーディションは、1000回を超えるそうです。アメリカは自由の国と言われながらも、残念ながら根深い人種差別が存在します。ましてや、身長も低い(148cm)彼女が、選ばれる確率は非常に少なかったと思います。しかしながら現在では、ブロードウェイのアジア人女優の中でも、ずば抜けた実力を発揮している一人に挙げられるほどになりました。

“太平洋序曲”を演出した宮本亜門さんは高良さんを次のように評しています。

「結香にとって『白人を越えて表現する』というのはどうでもいいの。あるひとつのレールに乗っていくのではなくて、ただ、歌が好きだ、私は私さっていうのがぽーんとある。だから舞台の輝きが違うの。同じブロードウェイの流れに入るんじゃなく『結香は結香』っていうのが彼女のすごさ。だからこそ光るんですよね。舞台の上でも。『私は来たお客さんを楽しませたいの。私も楽しいし』というところで、ばーんとぶつかっていけるわけですよ。(中略)だから、アメリカでも、彼女はこれだけ愛されるの。稽古場でも。ほんとに愛されるの。で、稽古場が楽しくなる、劇場が楽しくなる。お客さんも喜ぶ。こういう人がどんどん出てくればいいと思っている」(季刊「カラカラ」vol.19の対談より)

意外にも、日本でのミュージカル出演は今回が初めてだそうです。

ちなみに素顔の高良さんは、とても素朴な普通の女の子といった感じです。
そのギャップがとても素敵です。

http://www.youtube.com/watch?v=7FvoWUnjbnE

2009年8月9日日曜日

ひとときの幸せ

このところ朝日が部屋に差し込んでいる光景をほとんど見たことがありません。

7階のベランダ越しに眺める路面はしっとりと濡れていて、走り去る車も水を切ったような音を立てています。例年にない日照不足で、農作物への影響が出始めていると言います。100年に一度の不況に輪をかけて、食生活をも圧迫するようなことにならないで欲しいのですが、お天気ばかりはどうしようもないですね。

この1週間は、展示の準備であまり表には出ていなかったのですが、やはりあまり気持ちのいいものではありません。100%に近い湿度がそれほど上がっていない気温でも、じっとりと暑さを感じさせます。


そんな折、昨日、東京の知人から明日仙台へ遊びに来る旨のメールが届きました。以前からこの日に来る予定にはなっていたのですが、当日間近までどうなるか分からないことが最近は多いので、昨日のメールは改めて嬉しい便りでした。

先月も東京からの来訪があったので、連月での来訪になります。彼ら(夫婦ですので)は男性の方が、短い期間ですが僕の部下でした。また当時、会社には演劇活動をしている古澤君という男性がアルバイトに来ていました。僕も彼も古澤君とは仲が良く、彼は奥さんをつれて、古澤君の出演している芝居を観に来ていました。

僕もいつも芝居を観に行っていたので、終演後何度か一緒にご飯を食べたり、自宅にも遊びに来たりしました。奥さんは、とても気がつくかわいらしい女性で、彼には大変失礼ですが、一緒に芝居を観た時は、その後に奥さんとの話が出来ることを楽しみにしていました。
彼には仕事で上司らしいことを全然行っていなかったので、申し訳なかったかなとも思っています。

彼らは今日の夜、バイクで東京を発って、途中一泊後、明日朝に仙台へ向かうそうです。
天気が悪いので、とにかく無事に来てほしいですね。

そんなわけで、明日の夜は、とても美味しい話と食事が出来そうです。

こんな話を書いていると、昔の部下を強制的に呼んでいるように思われそうですが、そんなことは一切ありません。

お互い、会えることを楽しみにしている、ただそれだけです。


そして、そんなひとときが持てる僕はきっと幸せなのだろうと思います。

2009年8月8日土曜日

“Moonscape”  引き合う力

“Moonscape”のテーマは引力です。

引力・・・物体間の引き合う力、その引力がリアルタイムに途切れることなく働いているので、世界は均衡を保っていられます。

太陽と地球、地球と月、その他全宇宙にある惑星を始めとする星たちが、互いに引き合いながら、バランスを取っているのです。これは、とても不思議なことです。

潮の満ち干は、太陽と月の位置関係から引き起こされ、そしてそれらの引力は海水のあらゆるものに対して働いているのです。ミクロ的にいえば、水の分子間においても均一に働いているわけです。
しかしながら、僕たちはこの事実を日常的に意識することはほとんどありません。(たぶん、今日本人で一番感じている人は、若田宇宙飛行士だと思います。)

また、日常でごく当たり前に発生している事実を、ことさらのように意識して生活している人はほとんど皆無だとも言えます。

アートはそんな普遍的な事柄を改めて提示することで、普段感じることが出来なかった感情や感動をそれぞれの心の中に呼び起こす力があると思います。そしてそのような場面に遭遇した時、人とアートは互いに引き合う力を持って対峙しています。それらの引力が体の全体に作用を及ぼした結果として、感動、共鳴あるいは嫌悪といった感情が生まれてくるのだと思います。


一昨日からの展示準備は、今日でほぼ完了します。

今回の展示は、月明かりと太陽の光(実際は月自体が発光しているわけではないので、太陽による作用なわけですが)をポイントにしています。

また、作品そのものに圧倒的な力がありますので、それを直接感じてもらえればいいなとも思っています。

賛否両論はあると思いますが、多くの方が観て、引き合う力を少しでも感じて頂けることを心から願っています。

2009年8月7日金曜日

仙台七夕

6日から、仙台七夕が始まりました。

仙台市中心部の商店街は、約1500本の竹飾りで彩られています。ギャラリーからほど近い勾当台公園市民広場と定禅寺通では「星の宵祭り」があり、約60団体、約1400人がすずめ踊りや民謡、太鼓演奏などを披露したそうです。

色鮮やかな竹飾りには、人々の願いや祈りが込められています。そして、飾り付けにも特徴があります。竹飾りは基本的に七つの飾りで構成され、それぞれに意味を持っています。

短冊(たんざく)、吹き流し(ふきながし)、折り鶴(おりづる)、投網(とあみ)、屑籠(くずかご)、巾着(きんちゃく)、紙衣(かみごろも)が七つ飾りと言われているそうです。

実は、僕もそんなルールや意味があることを今年まで知りませんでした。短冊に願いごとを書いて飾るぐらいは知っていましたが、屑籠が飾られていたとは思いもしませんでした。

ちなみに、屑籠は清潔と節約の大切さを養うことを願い、飾るそうです。

僕はまだ中心部の竹飾りを見には行っていませんが、近くの商店でも入口に飾ってあったりして、やはり七夕は市民の一大イベントなんだと改めて感じます。

例年、天気はあまり良くないのですが、そんなことはお構いなしに様々な創意工夫をしながら、観光客の目を楽しませようとする気概もうかがえます。


戦中、戦後の一時期にかなり衰退した七夕祭りは、昭和21年に復興したと言われています。

その後、豪華さを増し、全国一の規模に拡大します。その理由として、地元の活性化が挙げられますが、なにより遠来の人々に満足していただけるよう工夫し、美しいものを作ろうという強い思いが仙台の人たちにあったからじゃないかと、僕は思います。

その思いが現実の竹飾りとして披露された時、観に来られた人々の心に響くのです。


やっぱり、一番は気持ちですかね。

2009年8月6日木曜日

64回目の「原爆の日」

広島は本日6日、64回目の「原爆の日」を迎えました。

午前8時から行われた平和記念式典の中継を見ていて、秋葉市長による広島平和宣言に若干の違和感を覚えながらも、忘れてはならない事実をあらためて感じました。

戦争をフィルムや写真などでしか見たり、聞いたりしたことのない世代が約70%を占める現在、どれほどの人たちが現実に起こった事実として捉えているかは分りませんが、現在もどこかで戦争や紛争が行われている限り、起こったことを起こらなかったものとして消してはいけないと思います。

ただ、僕自身の政治的なポリシーや意見を語るのは本意ではないので、広島平和宣言について言及はしないことにします。

戦争や紛争にまつわる悲惨さ、悲しみ、そこで生まれた人間としての尊厳、優しさ、誇り等を表現したものは、昔から多くあります。

絵であれば、ピカソ”ゲルニカ”、岡本太郎”明日の神話”、写真ではロバート・キャパ”崩れ落ちる兵士”が有名です。

僕の好きな劇作家である井上ひさしさんが作る芝居にも、戦争や原爆に関係する芝居が多くあります。

“紙屋町さくらホテル”、”父と暮らせば”の2作品は原爆と関連した芝居です。前者は実在していた移動演劇隊・桜隊が広島で原爆に遭遇した事実を下敷きにし、後者は原爆から3年後の、ある父(実際は原爆投下時に亡くなっている)と娘だけで綴られる物語です。

いずれも、悲劇である戦争や原爆という事実を正面から見据えたうえで、反戦のメッセージをあからさまに提示せずに、人間本来が持ちうる誇りや哀しみの感情を巧みなセリフや演技として表現し、明日への希求や平和への真情をきれいで豊かな日本語で描かれたものです。

僕は8月の暑い日差しが感じられると、なぜかこれらの作品を思い出します。


64年前の今日、日本の”広島”は、カタカナ表記の”ヒロシマ”に変わりました。

そして、それはまぎれもない事実として、決して忘れてはいけないものなのです。

2009年8月5日水曜日

オリンパス ペン

このところ気になっていたCMの1つが、マイクロ一眼オリンパス ペンのCMです。

ロックのリズムが流れる中、宮崎あおいさんがレンズを取り付け、構えた後、ポケットにカメラを収めるまでの、いたってシンプルなものです。全編モノクロで作られていることや個人的に宮崎さんが好きな女優であることが気になる理由でもありますが、何といってもオリンパス ペンという言葉の響きが第一です。

オリンパス ペンと僕は同級生です。なので、僕が本当に知るようになったのは、ずっと後の事です。たぶん高校を過ぎてからですから、発売されて15年以上たったころだったと思います。

発売された当時は、カメラ本体のスタイルや35mmを2つに分けるハーフサイズが受け、ベストセラーになりました。今でも、全国に多くのファンがいます。

その開発者の米谷美久さんが、7月30日に亡くなりました。このところ、訃報のニュースが多いので、その時には取り上げませんでしたが、テレビでCMが流れると思いだしてしまいます。

米谷とは面識があったわけではありませんが、開発にまつわる話を読んだり、聞いたりはしていました。僕自身エンジニアであったので、それはとても共感できる部分が多く、同時に発想の豊かさに驚かされました。

一昔前は、このような設計技術者は、多くのメーカーに一人二人はいたように思います。そんな技術者に憧れ、一緒に仕事をしたいと思い、その道に進む人も少なくありませんでしたね。

今は多くのプランがプロジェクト単位で動くので、一人の人間がすべてを行うことはなくなりました。米谷のような設計技術者が出るのは、難しい時代になったことは確かです。

でも、自由さや開発スピードは大きく変わってしまいましたが、個人的に捉えると、物づくりの現場はそれほど変わっていないようにも感じます。


やはり、一人ひとりの情熱が、人が望む物を生むように思えるからです。


だからこそオリンパス ペンは50年たっても、色褪せない感じがするのでしょうね。

2009年8月4日火曜日

3カット美人 ダンサー康本雅子さんの魅力

NHKという所は、時々変な番組を制作することがあります。もっともこれは、悪い意味での変ではなく、とても変わったという意味です。

昨夜というか深夜0:10から総合テレビで放映された30分番組もそうでした。

番組の名前は、”3カット美人”です。

番組紹介には、”今注目を集めている女性にスポットをあて、わずか3つのカットでその魅力に迫る“映像の冒険“。多方面で活躍中のダンサー&振付師、康本雅子さん(35)の本質を鋭く切り取ります。”とあります。

僕が、康本さんを知ったのは、大人計画”キレイ”の舞台でした。ショートヘアーがボーイッシュな顔立ちにとても似合い、しなやかに動く手足の美しさと予想できない動きがとてもキュートで、しかもコケティッシュでもあり、すっかり魅了されてしまいました。

康本さんは、テレビ等のメディアには登場することがほとんどありません。最近は結婚、出産もあり、表舞台からも遠ざかっていたのではないでしょうか。

そんな康本さんが出演することを偶然知り、昨夜見てしまったわけです。(眺めるのではなくきちんと見ていました)

この番組は、3カットで収録されています。30分番組ですから、1カット10分程度の長回しになるわけです。何パターンかで収録していたかは不明ですが、1カット間の編集は行っていないように見えました。

1つ目のカットは、縁日を再現した神社の境内で、セネガルで打楽器のリズムに合わせ、踊り、それからダンスへの思いを語っていました。

2つ目のカットは、人気グループ「ゆず」のビデオ撮影現場での振付師として「ゆず」の二人やダンサーたちを見つめる顔。一方で、仕事場に連れてきている幼子の寝姿を見る母としての顔が映し出されていました。

そして、3つ目のカットは、地下坑道に照明を入れ、ダンスパフォーマンスをソロでしている映像でした。
編集を入れないことは正解だったと思います。(キャプションはありましたが)間延びすることもなく、康本さんの生に近い魅力が表現出来ていたように感じます。

興味のある方は、YouTubeに ASA-CHANG&巡礼PV”背中”がアップロードされていますのでご覧下さい。ボーカルは小泉今日子さんです。

http://www.youtube.com/watch?v=vEd4QGVn1hY

2009年8月3日月曜日

日常

当たり前ですが、今年から日常の進み方が変わりました。

この10年も土、日は仕事、平日に休みを取る状況だったこともあり、土、日に仕事をしていてもとくに違和感はありません。以前のように平日の休みに合わせて、観劇のスケジュールを立てその合間を縫うように写真展や遊びに行くことは無いですが、それなりに楽しんでいます。

唯一の戸惑いは、商売柄、オンとオフの境目が自分の中でいまいちハッキリしないことぐらいですかね。ただその分拘束されていない時間が多いので、それならオンとかオフとかを考えなくても良いのではないのかと、最近は思ってきました。

朝起きる時間は以前より少し遅くなりましたが、7時には起きています。もっとも、5時頃からpolkaが鳴いてくるので、完全に起き上がるまでは、ぼんやりと寝ている状態ですが。午前中にブログを書いたり、掃除をしたり、さまざまな準備を済ませて、それからギャラリーをオープンするのが基本形です。

寝る時間も以前とほとんど変わりませんね。ただし、部屋に戻るとテレビを眺めている時間が増えました。番組を見ているというより、眺めている感じです。この数カ月で今までの5年分は見ているような気分です。

それから、今は次の会期までの準備期間ですので、あれこれ考える時間が多いです。迷ったり、悩んだり一人煮詰まってくる場合も時にはあります。

その骨休みとしてではないのですが、この期間はギャラリー内にプロジェクターとスピーカーを設置しています。期間限定シアタールームです。

スクリーンを置かずに直接壁に投影すると150インチ程度になるので、今まで観ていた80インチスクリーンの世界とは違ってきます。音量も気にする必要がありません。

そして、気に入った映画や芝居を観ることが、一種ストレス発散にもなっていると思います。


明日以降、本格的な展示にかかる予定ですので、今日が最終日です。片付けものが結構溜まってきたので、早めに済ませてから、最後の楽しみをしようかと思っています。


でも、本当のお楽しみはこれからです。

2009年8月2日日曜日

太宰治 生誕100年

最近なぜかテレビや新聞で名前が出ることが多いと感じていたのですが、今年の6月で太宰治が生まれてから100年になったらしいですね。

太宰治といえば、説明の必要もないほどの有名な小説家ですが、僕自身はほんの一握りの代表作しか読んだことがありません。しかも、中学、高校の頃ですから、今では筋書きや内容をうる覚えにしか思い出せません。

それでも、退廃的で破滅的な作風や彼自身の生き方そのものに否応なく惹かれている部分があったことは確かです。だからこそ、これまでも彼の作品や自身をモチーフにして、物語や芝居が作られて来たのだと思います。


生誕100年を記念して、東北各地(おもに青森ですが)で様々な企画が行われる予定です。宮城の河北新報では、6月から、昭和45年秋から翌年にかけて執筆した初めての新聞小説”パンドラの匣(はこ)”を夕刊で復刻連載しています。また、単行本初版に出来る限り忠実に再現された復刻本が8月2日に刊行される予定です。

生誕の地である青森県五所川原市金木町では、小説”津軽”を題材にした県民参加型の野外劇が行われます。津軽鉄道芦野公園駅のホームを舞台に使用し、上演中にダイヤ通り本物の列車が停車する”全国的にも例がない公演”になると言います。主演の男女二人は、太宰役を村田雄浩さん、紀行作家役を川上麻衣子さんが演じます。その他の出演者は、一般の県民を公募し、オーディションにより決められるそうで、それだけで何故かわくわくしていまいます。

もちろん、潤色・脚本・演出は、弘前劇場主宰で青森県立美術館舞台芸術総監督の長谷川孝治さんが行います。

又、”パンドラの匣(はこ)”は映画化もされていて、10月に公開されます。主人公の少年に想いを寄せる看護婦長役を、芥川賞受賞作家でもある川上未映子さんが演じているのも話題です。


亡くなってからも色々と話題の尽きない太宰治ですが、長谷川さんの作る芝居は是非観てみたいと思っています。

でも、日程的に無理かな・・・。

2009年8月1日土曜日

力強い味方、それは・・・。


8月がスタートしました。

夏本番と言いたいところですが、今日の仙台は5月を思わせるようなさわやかな朝です。

晴れ間は少ないですが、湿気があまり感じられないので、とても気持ちが良いです。
ギャラリーは半地下にあるので、何もしていなくても外の気温よりも低く感じます。ただ、湿気がこもりやすいので、少しじとっとします。

先日、そんな弱点をカバーするための、力強い味方を手に入れました。

それが、上の画像にある除湿器です。
始めは、無いよりましかな程度に考えて購入したのですが、3,4日使用してみるとなかなかに高性能です。

知らないうちにどんどん水が溜まっていきます。自分で水を作っているんじゃないぐらいの勢いです。
ギャラリーは床面積で約74㎡あるのですが、そんな広さももろともせずに、どんどん湿気を吸い取ってくれています。2.7リットルの容量が、半日程度で一杯になります。

現在の生活家電は昔のイメージとは全然違っているのですね。(家電芸人なるものの存在もつい最近知ったので、かなり時代に取り残されています)

今はエアコンを使用していないので、併用すればかなりの効果が期待できます。
次回の高橋和海写真展では、ひんやりとカラッとした心地よい空間で、静寂な美しさを楽しんでもらえると思います。

時間を忘れて、ゆったりと観てほしいですね。