2011年4月30日土曜日

チケット

今回の写真展では、時間や周りの状況によりDM(案内状)を作成していません。DM自体がどれほどの広報効果があるかは、なかなか読めないところですが、ギャラリーへ来られたお客さんに対してや営業活動の報告のような感覚で作っています。


個展の場合は、シンボリックな作品を出来るだけシンプルに載せるようにしていますが、公募展のように複数人で行う場合は、それぞれの作品イメージを効果的に載せるには、ハガキ大というスペースでは足りないように感じたり、印象もぼんやりとしてしまうように思われ、無い知恵を絞りながらデザインしています。

僕はイラストレーターでもデザイナーでもないし、専門的な知識も持ち合わせていませんが、一応自分なりの意味を考えて、作成しています。収益の一部を義援金としてすることもあり、今回から入場料をいただいています。DMはありませんが、その為のチケットがこれです。


サイトでも使用しているイメージを載せています。これにも一応は僕なりの考えが隠されていて、背景の緑は宮城のイメージカラーです。中央にある赤青のメガネが3D写真を見る時に使用するものですが、片側から投影された文字イメージを反対側のピンホールから写真として定着させ、再び投影されるといった無限のループを表わしています。もちろん、メガネ自体も無限大のマークのように見えるようにしているつもりです。

簡単に言ってしまうと、繰り返し継続していけば、それだけで無限大の可能性があるんじゃないの、ということです。

チケットも、こちらではあまりなじみの薄いパスポート制にしています。2度、3度と見に来られる方は少ないとは思いますが、もしもう一度見たいなと思えたら、いつでも来ていただけるようにです。

多分、繰り返し見に来ていただけたなら、それだけで元気になってしまうと思います。

僕はそんな単純な人間なのです。

2011年4月29日金曜日

お待ちしています。

GWが始まりました。今日はスポーツでは、野球、サッカーが地元での開幕を迎え、多くの人が球場やテレビで観戦すると思います。こんな時ですから、ほとんどの人は明るいニュースを待ち望んでいます。選手たちも意気に感じて、精一杯良いプレーを見せてくれるはずです。結果はその次ですから。


そして、ギャラリーも黒田克夫写真展『Origin and its Possibility』が始まります。すっかり準備も整い、今は来られるお客さんを待つだけです。これまで来られたお客さんにとっては、若干趣が変わって見えるかもしれません。他ではほとんど見ることの無い3D写真と写真の原点とも言えるピンホール写真が同時に見ることが出来ます。

震災の中で、写真本来が持つ記録が改めて見直されています。津波で泥まみれになってしまった写真やアルバムの修復活動も見られます。写真自体は言葉もなく、その時の記憶の断片として切り取られた「絵」ではあるけれど、そこにはその時の感情や思い出を呼び起こす力があるからですね。

そして、カメラさえあれば、誰にでも撮れるものです。ただ、それを表現の手段として作品までに昇華させることは案外難しいものです。この辺りのギャップが発表を思いとどまらせている原因のひとつなのだとは思うのですが・・・。

何はともあれ、ほんのひとときでも楽しんで、安らいでもらえれば良いと思っています。
黒田さんもちょこちょこと顔を見せる予定ですので、会えるかもしれませんし、使用したピンホールカメラも参考展示していますので、珍しいものを見るつもりでお出でいただいて構いません。

また、作品販売と入場料収益の一部は、日本赤十字社を通して義援金としています。是非ともこの機会に作品をご購入下さい。

正直、写真の力ってそれほど大きいものではないと思っているけど、何か出来ることはあるはずで、そんな気持ちが行動として集まれば、微力でも役立てることは出来ると信じています。
でなきゃぁ、ギャラリーなんてしていませんからね。

お待ちしています。

2011年4月28日木曜日

転機

昨夜テレビで、日本文学研究者のドナルド・キーンさんが日本国籍を取得し、永住する旨のニュースが流れていました。ドナルド・キーンさんと言っても、僕自身著作物を読んだり、講演を聞いたりしたこともなく、名前程度ぐらいしか知りません。


彼は今、88歳、50年に渡りコロンビア大学で教鞭を取られています。彼と日本文学との出会いは、18歳の頃、わずか49セントで手に入れた「源氏物語」だったと言います。それをきっかけに日本研究の道に入り、数々の出版や講演、日本での文化活動を経て、2008年には文化勲章を受けるまでになりました。

そのような人ですから、今回の震災は、日本人以上に心を痛めたのだと思います。業績や年齢的に言っても、母国アメリカからいくらでも後方支援的な活動は出来るのだと思いますが、彼はそれを良しとはしませんでした。

ニュースの中のインタビューでは、今回の震災が自分にとっての転機であると話しています。そしてまた、年齢的にもそれほど大きな活動を出来はしないが、少しでも力になれればとも話していました。

震災からの復旧や復興の為の行動であるとしても、これを自分自身の「転機」として捉えているところに大きな意味があります。日本文化に触れ、それらをこよなく愛し、研究を重ね、今がある自分に対しての使命感のようなものなのかもしれません。

震災では、そういった使命感を持ちながら、自らを犠牲にし、命を失った方々が多くいらっしゃいます。その多くの人々は、いわゆる一般の、そして無名の方々です。しかも、そんなことすら考えるいとまもなく、一瞬の判断で行動した結果と言って良いものです。

現在、あらゆるメディアで復旧や復興といった言葉を見たり聞いたりし、僕自身も展示会を復興支援企画としていますが、実はちょっと違っていないかと感じるところがあります。失われた命が戻ることはないし、全てが元通りになることは難しいだろうし、こうしたことで浮かび上がった問題も数多くあるのだから、それらを打ち破るには多くの試練や覚悟が必要なのかなと思うのです。

そう考えると、彼の言った「転機」は、現在多くの人にすでに芽生えているもので、決して他人ごとではないはずです。そして、それぞれが繋がりながら、湧きあがるようにして再生していくしかないのかもしれません。

2011年4月27日水曜日

展示作業

予想よりも展示に時間がかかりそうです。


というのも今回の作品は、A4サイズ5点以外は、印画紙で言うと全紙以上なので、額装を行うと1mを越えるものが何点かあるからです。展示作業はよっぽどのことがない限り、僕ひとりで行っています。位置や高さを合わせる為の水準器等を使用しながら、作品ひとつひとつを展示していくわけですが、紐の場合はそのたるみの違いにより、ずれを生じてしまうので、何度か上げ下げを行わなければなりません。そのたびに作品を慎重に扱わなければなりませんから、おのずと時間が掛かってしまいます。

今日はそんな種類の展示作業が主になります。それでも、午前中には終える予定ではいます。その後、タイトル等のキャプションを付けて、ほぼ完成ですね。3D写真の方は、所狭しと写真が林立しているような感じで、3Dの森を歩くような感じです。一方、ピンホール写真は一点一点をじっくりと見られ、量的にも充分に、を考慮して配置されます。その為に、予定より2点程少なくしています。

やはり、実際の大きさやイメージを眼で肌で感じないと最終的には決められません。この作業はいつものことなのですが、大ぶりの作品が多い場合は特にその辺りが重要になってきます。構想やシミュレーションで予想出来得ないこともありますから。

そう言った意味では、実際の展示はとてもアナログな作業になります。あらかじめ想定された数値の中ではあるにしても、遊びや余裕も必要になりますから、イメージの順番も含めてその場その場で決めていく形になるわけです。

僕にとっては、この考えている時間がとても楽しいひとときなんですね。ひとりで大変でしょうと言われたりもするのですけど、実は誰にも邪魔されたくない時間でもあるのです。それでも、自分勝手な考えだけで行わないようにはしていて、常に自分を監視しているもう一人の自分を意識しています。

さて、またそろそろ始めますか。

2011年4月26日火曜日

楽しくも悩ましい時間の始まり

いよいよ展示にかかります。


本日、午後に作品が搬入され、事前に検討したある大まかなレイアウトに沿って作業を行います。今回は、作品個々のイメージ確認作業と実際に壁面に合わせた時の感じをつかむことから始まります。本来、全ての作品イメージを事前にもらい、展示のコンセプトやテーマに則した構成を考えるのですが、今回はちょっとバタバタとしていて、概要のみを検討していたので、頭の中でのイメージと実際の違いがどれほどあるかがポイントになってきます。

Sha-gakuのように公募で行う企画展の場合も同じような状況で行う場合が多いので、その辺りは経験と慣れが物を言う世界なのですが、何が起こるかはその時々で違ってくるし、毎回ドキドキとする部分ではあります。

作品性とそこから生み出される世界観は、展示構成によって大きく違ってきます。時に意表を突くようなやり方を見かけますが、僕の場合は、出来るだけ自然にその世界に入ってこれるような形にしたいと考えています。なので、自分がギャラリーに足を踏み入れ、ぐるりと眺めた時の感覚を大事にします。そして、出来るだけ客観的に見るようにするわけです。

それから、作家の思惑や意向と違っていないかを確認します。確認と言っても、僕個人の感覚によるところが大きいので、この辺りは今までどれほど作家とコミュニケーションが取れているかに依ってきます。

そういった意味では、本当に大事な部分は、展示前に既に確認し終えているのが望ましいし、実際の展示では詳細の作業をお互いにするだけ、というのが理想です。それまでに、作品だけではなく、作家自身の人柄や制作に対する姿勢や考えといったものを理解する必要があるわけです。このことがお互いの納得感に繋がってきます。

これって、個展に限ったことではありません。グループ展の様相をしている企画展についても同様です。全体としてのまとまりは必要ないのと言われそうですが、あまり気にしていません。むしろ、個々の作品、展示について、熟慮した方が結果としてうまくいく場合が多いものです。

何はともあれ、楽しくも悩ましい時間が始まります。

2011年4月25日月曜日

いつもと変わらない感じで・・・。

本日、東北新幹線の東京―仙台間が45日振りに運行を再開したニュースが流れていました。全線復旧は29日とのことで、ゴールデンウィークに間に合う形になります。東北の観光地は震災以来キャンセルが続き、再開出来る目処すら立っていないところが多くあります。


予定されていた様々なイベントは延期や中止が検討され、実際行われなくなってしまったものも多くあります。地域の活性化や恒例の行事としてその役割を担ってきた祭りも今年はどんな格好になるかが分からない状況です。

こんな時だから、今年ぐらい止めてもという意見もあるかと思いますし、実際それどころではない方が多いのですから、致し方ないし、誰も責められません。何事もなく、変わらずに行えることが、実は一番大切なことだと再認識されます。

さらに物理的に出来るにもかかわらず、気持ちや周りへの配慮によって出来ない場合もあります。こちらの方が、もっと悪い状況なのかなと思います。

ゴールデンウィークを利用して、ボランティアを行う人たちがいると聞いています。また、それどころではなく、休みなく仕事をしなければならない人たちもたくさんいます。

それでも、観光地や商業地はお客さんが来ないことにはどうしようもないわけですから、もし時間のある方は訪ねていってほしいですね。

いつもと変わらない感じで・・・。

これも再生への手助けのひとつですから。

2011年4月24日日曜日

反応

昨日書いたサッカーJリーグは、昨日が開幕ではなく、約1カ月半ぶりの再開でしたね。すっかり開幕していたことを忘れていました。僕だけなのかもしれませんが、わずか1カ月半前の出来事でも忘れてしまっていることは多いものです。年齢と共にその傾向が強くなるのかは分かりませんが、少しは増えているような気がします。


遥か遠い昔の記憶を思い起こすこともあるのですが、やはりその印象の強さとか自分自身の感受性の違いなんかが影響しているのだと思います。それと、物理的な時の流れに変化はないはずなのに、感じる長さが違ってきたり、意識をするでもなく入ってくる情報の多さも関係しているのだと思います。

それに伴って、さまざまな物事への反応の速さも変わってきています。リアクション芸人ではないけれど、反応ってものすごく大事なことだと思っています。人により、仕方やタイミングや時間に違いは見られますが、生きている以上、僕たちはあらゆる場面で反応を要求されています。

仕事であれプライベートであれ、そのスピードは徐々に早まることを求められているように感じます。特に仕事では初めの動きが大変重要とされ、その時の内容が後々まで尾を引くなんてことも良くあることです。急を要することではないと自分では感じていても、周りがそれを許さない場合もありますし、対応次第では変な誤解を招いてしまうことも間々あります。

僕の場合、常々間違っちゃいけないと思っているのは、反応と判断は違うということです。その時々で本能的に、意図的に、はたまた不意に反応はします。人間誰しもそうなのだと思います。でもその場で咄嗟に判断するかというと、そうではありません。

多くの人はこれまでの経験知や情報を集め、あるいは他の人の意見を聞きながら、実際の判断をしているはずです。咄嗟に決めてしまう場合もありますが、その場合でも何かその伏線となるものが気持ちや行動の中に前もってあると僕は思っています。

判断は非常に難しいもので、その決め手ともなり得る反応は絶えずしていかないといけないと誰もが思っていますし、当たり前に自然にするものでもあります。

怖いのは知らず知らずの内に、その反応すら薄れていくことです。記憶は曖昧に、やがて忘れられていくものですが、反応は違います。

そして、きっかけとなる反応から判断へと変わり、行動へと繋がっていくわけです。

2011年4月23日土曜日

永遠の命題

今日からサッカーJリーグが開幕されます。プロ野球も4月12日から開幕していますので、徐々にスポーツ界も動きを見せ始めたといったところでしょうか。この世界にいる人々とアマチュアとの決定的な違いは、これが生活の糧であることと技術的な高さなんだろうと思います。


生活の糧である以上、モチベーションといった気持ち的な部分は遥かに高く、四六時中自身のプレーの事を考えているはずです。技術的な部分は、もちろん才能もあるのでしょうが、それ以外の努力は欠かせないものになります。

昨今アマチュアとの境が徐々に曖昧になってきているものもありますが、この2つについては少なくても僕はプロですからといったところで、世間は認めてくれません。厳然としたハードルがあるわけです。

彼らは、自分の肉体と培った技術を駆使して、僕たちに出来ないようなプレーを見せてることで、感動や元気を与えてくれます。これは、僕たちが生活をする為に必要なものかと言えばそうではありません。ですから、全ての人を対象としているわけではなく、もし明日から無くなったとしても、選手本人は大変困ってしまいますが、多くの人はそれほど支障なく暮らしているのだと思います。(それに関わる企業や人々を別にして)

僕がしているギャラリーも同じです。しかも、表現の前では、プロやアマチュアといった境は非常に曖昧なものだと思っています。特に写真は誰にでも撮ることは出来ます。また、その曖昧さを大きくしているものは、卓越した技術を見せただけで、人々が皆感動を覚えるかといえば、そうではないからです。

作家ではない僕が偉そうにそんなことを言ってと、お叱りを受けるかもしれませんが、提示された作品を見る方々は普通の人々が圧倒的に多く、専門に見られている方は非常に少ないのです。そして、それら圧倒的に多い普通の人々の支持により、作品の評価や価値が判断され、アートとして存在出来得るとも言えます。

これは永遠の命題のようなものですが、これまで消えずに或ることを考えれば、そう悲観的になることもありません。

続けられていれば、おのずと答えは自分なりにでも現れてくると思います。

それにはまだまだ皆さんの力が必要なのです。

2011年4月22日金曜日

会期準備中

現在ギャラリーは次回の会期準備中で、ホントにがらんとした状態です。空調も出来るだけ使用していないので、いつも冷え冷えとしています。そんな中、ぼちぼちと次回の準備をしているところです。


今日からは、掲示するキャプション類を作るつもりでいます。キャプションはそれほど目立つ存在になってはいけないのですが、あまり目に入らないのも困りますので、その辺りの匙加減でいつも頭を悩まします。作家や展示会の説明や背景に関わる部分を作品以外のところで見せるわけですから、その文章を読んで作品への印象が変わることは良くあることです。

作家を良く知っていても、作家自身の世界観や作品性を充分に理解しているかと言えばそうではないし、ましてや知らない人にとっては、この作品を発表する人物が何者で、どんなことをしているのかから触れたいとの気持ちはあります。

本来は、作品を感じるままに受け入れればそれで良いはずなのですが、作品に対しての興味がある無しに関わらず、取りあえずキャリアや制作の背景といった情報が欲しくなってしまうものです。これはどんな人でもありえることで、僕自身も興味を持った作品に出会った時には、作家自身を調べることは常としてしまっています。

その後、どんな印象に変わるかは人それぞれなのですが、出来るだけ最初に感じた印象を大事にして欲しいと思っています。つまりは、自分の感覚を信じて欲しいということです。たとえ、間違っていても良いとさえ言えます。表現の前では、それを表わす側も受け入れる側も自由であるからです。

それでも、表現する側は自分の作品について理解してほしいと願っています。それが、伝わるものだと勘違いしがちです。もちろん、充分にその意思や内容がストレートに伝わってくるものがありますから、そう思うのも当然かもしれません。

まぁ、そういう思いも感じながら、毎回どうしようかと考えているわけです。

個人的には何もなくても良いのかなと思ったりもしますが、それだといずれにも不親切でひとりよがりな展示会になってしまうような気もします。

これが、伝えることの面白さでもあり、難しさですね。

言い換えると、過多にも過少にもならない境界を探す作業なのかもしれません。

2011年4月21日木曜日

“The show must go on “

朝ギャラリーへ入ると、いまだ冷気を感じます。陽が射さない半地下ですから、仕方ないのですが、今頃はすぐにエアコンを付けるまでもないように記憶しています。普段なら多くの人が新しいスタートを切る月です。それらも軒並み遅れている状況ですから、季節ぐらいはいつものように移り変わっていってほしいですね。


早いもので来週末からはゴールデンウィークの始まりです。まぁ、今年はそれどころではありませんし、世間の自粛ムードにほだされて、出歩くことも控えてしまうのかもしれませ。今も既に観光地や商業地において、客足が減っている状況ですから、このまま続いてしまうと本当にまずいことになってしまいそうです。

個人的には、自粛なんかしないで、いつものように暮らして欲しいと思っています。もちろん、それが出来る環境にある人たちはですし、そうではない方々も何か楽しみを持って過ごしてくれたならとなぁと思います。

頑張らなくちゃと思う気持ちは誰にもあるわけで、だから殊更にそれを言う必要も言われる必要もないように感じます。緊張が続くことが良くないことぐらい誰でも分かっていることで、時に緩和も必要です。誰もがこれまで何気ない日常の中で、自然に行ってきたことですから。

“The show must go on “

さて、今朝はこの曲を聞くことから始めよう。


2011年4月20日水曜日

雪降る中の桜の木

昨夕に突然降りだした雪。この時期に、ましてやこんな時に降るのかと思いながら実家への道を歩いていました。道すがらすっかりピンク色に染まった桜の木に気づいたのですが、降りしきる雪の中、それはとても不思議な光景に見えました。


冬のさなかに、突然、咲いてしまった桜のように、僕には見えたのです。実際はまるで逆なのですが、朝から気温も上がらず、雨模様で、しかも冬本番のように防寒していた僕にはそんな風に思えました。たぶん直感的に、想像外で決してありえない風景に感じたのだと思います。

今、被災にあった沿岸部の風景もそうなのです。その時、一瞬の間でその景色が浮かんできました。そんな中、いつもと変わらずに咲いている桜は、多くの土地に根付いているわけで、そんな姿に変わらぬ日常を思い出している人々もいるのだと思います。

変わらないことの素晴らしさや美しさは、元々僕たちは自然で当たり前のこととして捉えがちです。その為、殊更に意識せずにそれらと接しているものです。無くしてしまって、初めてその大切さに気付くこともあります。そこに或ることが当たり前であればある程、その傾向は強いのだと思います。

今ここにあったものが、次の瞬間無くなってしまうことがあることを、僕は今回の震災で改めて思い知らされました。だからこそ、「今」を強く意識しろよと言われているように感じます。

表現の世界でもそれは一緒です。何気ない日常にその美しさを見出すきっかけとなったり、考えもしなかった出会いが既にあったことに気づかせてくれたり、さまざまな「今」を表わしているのです。

こんな今だから、それはもっと求められて良いのだと思いますし、誰にでも出来ることなんだと僕は言いたいです。

桜咲く春の雪であるのか、雪降る冬に咲く桜であるのか・・・。

それは、心のままに、自由に。

2011年4月19日火曜日

少しずつ

昨日は Photo Showcase側の全てとGallery Collection側の一部の展示品を壁から取り去りました。ギャラリーの場合、展示スペースの他に作品・備品を保管する為のバックヤードが必要で、展示されない、使用していない時にはそこに眠っているわけです。


うちの場合は、入口から左奥側に小さな部屋がありますが、そこには事務関連のものが集まっています。展示壁面が出っ張ったところですね。入口カウンター内の奥側も物置のようなものになっています。それと一部壁面の裏側に空間を作っていて、そこにも置けるようにしています。

なので、展示壁面のほとんどは建物外壁に直に作りつけていません。外壁の内側に展示壁面を浮かせて作っている感じです。スペース的にはややもったいないと言われるかもしれませんが、バックヤードの確保が主な目的でした。

でも、今回の震災でひび割れや浮きが無く済んだのは、その辺りも大きかったのではないかと思います。ビル自体は既に30年を越えています。鉄筋とは言え、外壁の割れもこのあたりのビルの中では一番目立っていました。通りがかりの人は必ずと言って良いほど、ビルを見上げていくほどです。

先週の内にすでに足場は組上がり、今週には修復工事が始まるようです。ですから、今は足場にかけられたネットで表通りに面する部分はかなりの面積で隠されています。こうして、身近でも、少しずつ修復が始まっています。

先日仙台駅近くにいく用事があったのですが、駅自体やデッキも急ピッチで修復が進められていました。今月中には新幹線も全線開通するようですし。これらはみなそこに暮らす人々の安全の為の修繕ですから、必要不可欠なもので、市内のいたるところで行われているのだと思います。

ホント、少しずつです。

2011年4月18日月曜日

“Gallery Collection & Photo Showcase” 終了です。

“Gallery Collection & Photo Showcase”が昨日で終了しました。震災の影響で多くの方にお見せすることは出来ませんでしたが、その分僕にとっても決して忘れられない展示会になったような気がします。日常の生活も大変な中、見に来て下さった方々には深く感謝します。


いずれ何らかの形で今回の作品を紹介出来ることが出来るとは思っています。今回会期中残念ながら見ることが出来なかった方々の為、何よりこの写真展に向け作品を作り上げて下さった参加者の為にもそうしなければとの思いで一杯です。

次回は、今月末 29日(金)から開催予定の、黒田克夫写真展『Origin and its Possibility』になります。ほとんどの作品は写真サイズで言うと全紙を越えるものですから、ギャラリー全体が作品で埋められるようになります。作品点数はピンホール写真、3D写真が共に約14点、合わせて約28点になる予定です。

これまでのギャラリーの雰囲気とは若干違って見えるかもしれません。3D写真は、お子さんも楽しめるのではないかと思っていて、是非とも親子で見ていただきたいものです。表現は自由でその方法も決めつける必要はないと考えています。写真の原点そしてそこから生まれた違った表現をてらいなく見ていただければと思っています。ゴールデンウィーク期間中は休みなしで行いますので、是非とも多くの方のご来廊をお待ちしています。

その後が、Northeast Photographers “relation” in Miyagiとやや硬派な印象の展示会です。次々と違った写真の形をお見せし、奥深さや楽しさを伝えられたらいいなと思います。

今日から会期準備中になりますが、ご用の際はいつでもご連絡下さい。

2011年4月17日日曜日

物好き

桜が満開のようです。その様子をアップしたいのですが、残念ながらまだ見に行けません。明日にでも近くの公園でのんびりとしたいところです。昨日は一時ものすごい強風で、歩いていても吹き飛ばされるんじゃないかと思われる程でしたが、気温も20℃まで上がり、着実に季節は変わってきている実感があります。


さて、今日が最終日です。通常でも1カ月、2カ月といった単位で展示会を行っているので、それほど長かったなとの印象はありません。それでも、震災の影響もあり、誰も来られない日が続いてくると当たり前に気持ちは落ち込んできます。ですから、こんな時期に、自分も大変な状況で、今だってそうだろうに、こちらに来て下さった方々には感謝の気持ちしかありません。

プロの個展であれ、アマチュア主体の公募展であれ、展示会に対しての僕自身のモチベーションは変わりません。どれほど、見る方に楽しんでいただけるかが、僕にとっては最重要な課題で、そこに向かっていくことしか考えていないし、それしか出来ないと思っています。もちろん作家に対しても、その対応は変わりません。

写真やアート作品を見て、空腹を満たすことは出来ません。でも、人は感情の生き物で、食べるのみに生きているわけでもありません。金を生み出す為に金を手段に使う、目的と方法が一緒になり、本末転倒なやり方がまかり通る世の中ですが、これも時代の要求であれば、致し方ないかとも思います。

まぁ、自分としてはそんなやり方を横目で見ながら、分別くさく構えている姿を想像出来ないし、したいとも思わないからこうしているわけで、傍から見ればただの物好きにしか見えないのかもしれません。

でもね、こんな物好きがひとりもいないと世の中面白くないんじゃないのと言い聞かせながら、毎日を過ごしているのです。

今日はお天気も良さそうです。

散歩がてら、どんなものがあるのぐらいの、ほんの軽い気持ちで寄ってみて下さい。

2011年4月16日土曜日

感謝

一昨日と昨日にかけてサイト更新をし、スケジュール告知を済ませたのですが、ホントとに僕は恵まれているなと実感しています。本来こんな震災の後、展示会なんてやっていられないはずですし、ましてや”Northeast Photographers”に参加下さる方々は他に仕事を持っていますので、中止も止むなしと、心には思っていました。


状況的に会うことも叶わず、ほとんどがメールでのやり取りの中、正直時間だけが過ぎている日々だったように思います。それでも僕はやるだけのことはやろうとは考えていました。やるだけのことというのは、僕自身にとってと思う前に、相手をおもんばかる気持ちを忘れずに行うということです。

こういった展示や発表するって、その80%はモチベーションというか気持ちの部分に寄っているといつも思っていて、公募での作品審査云々と書いてあっても、先ずはその部分がどれほど強いかどうかを見るようにしています。これは僕だけなのかもしれませんが、作品性については、それがあってからの話なのです。時に充分な作品性に持っていながら、自分自身そうではないと思っていることもありますが、その際はそこを気づかせるような働きかけもします。ケースバイケース、その人自身の性格を見ながら、適宜対応しているつもりですが、大抵は前者ですね。

悶々とした気持ちを抱えながら、今週も始まるのかと考えていた12日のことでした。全くの偶然なのですが、参加する3名が時間はバラバラにギャラリーに来てくれたのです。思いがけない訪問に、驚きを隠せないまま、ひとりひとりとお話をしました。

そして、その結果がどなたも欠けることない開催決定でした。僕としては、感謝するしかありません。しかも、同じ日に3名が来られるとは・・・。

とても不思議な感覚と繋がりを意識させられます。

この前に行う黒田さんにしても、時間がほとんどない中で、急遽決定したものですから、いろいろ不手際も出るかもしれませんが、是非どちらも面白いものにしたいと思っています。

そして、昨夜、また嬉しい電話とメールが・・・。

こちらはまた別の機会にするとして。



さてと、明日が最終日になります。

ギャラリーでひとり、皆さんが来られるのをお持ちしています。

2011年4月15日金曜日

後悔ってやつ

現在行われている”Gallery Collection & Photo Showcase”は、今日を含めて残り3日となりました。震災の影響で会期を2週間延長したのですが、当然のように状況は厳しく、来廊されるお客さんは非常に少ないものです。今もまだライフラインが復旧せず、生活の目処など立てられない方々がたくさんいらっしゃるのですから、当たり前の話です。


仙台市中心部はだいぶ落ち着きを取り戻し、普段の日常も見え始めて来ているようです。よその地域の人から見れば僕自身も被災者のひとりなわけですが、正直なところその実感は徐々に薄れていっています。震災というオオゴトが、記憶として心の中に沈殿しつつある状態で、透明な上澄みが広がって来ているのだと思います。

でもそれは決して忘れてしまっているわけではなく、何かのきっかけでかき混ぜられた時に、浮かび上がってくるものです。そうなった時に思い起こされる事は、おそらく自分がその時どういう考えを持ち、そして実際にどういう行動を取ったか、なのだろうなと考えています。

当然しなければいけないこと、することが自然と思えることは案外忘れてしまっています。むしろ、その時そうしたいと思っていたけど事を起こさなかったり、実際そうした時に出来なかったことは、いつまでも覚えているものです。自分自身の根っこに関わるものは特にそうなのだと思います。これが、いわゆる後悔ってやつなのでしょう。

だから、後悔というものはとても個人的なもので、他人から見ればなんでもないことでも、そう感じてしまうものなのですね。

このオオゴトは誰の上にも降りかかってはいるのだけど、そこから先はものすごく個人的な行動や感情によってくるのだし、それが後悔になるかどうかも自分次第なのかなぁと思ったりするわけです。

個人がやれることには限界があるし、諦めることなんかはいつでも出来るけど、その時にしか出来ないことってあるわけだし、それをしないまま後悔するのはとても嫌だし、そんな堂々巡りをしながら自分で決めなくちゃいけないのですね。

こんな時だからこそ、流れに逆らうことも必要かなとも・・・。

まぁ、いずれにせよ、全ては自分に返ってきますから。

2011年4月14日木曜日

次の写真展

震災以来、県や市の美術館、文化施設のほとんどが開いていない状態です。市内にいくつもあるギャラリー、画廊といったところも予定通りの企画が行えないでいると思います。幸いギャラリーは被害がほとんどなかったこともあり、現在行われている”Gallery Collection & Photo Showcase”も会期を延長し、今週17日(日)までにしました。理由のひとつとして、このまま見ていただけないまま終わってしまうが嫌だった事が大きいのですが、次の予定がまるで見えない状態になってしまったことは否めません。


本来、今頃はNortheast Photographers “relation” in Miyagiの準備を行っているはずでした。参加予定の3名は全て宮城の方ですから、先ずは安否が心配になり、迷惑であることを顧みずに連絡を取らせていただきました。3名の無事は確認出来ましたが、とても展示会なんて行えるわけがありません。それでも、全員に前向きな意思が感じられたことは、僕にとってはとても救いになりました。

さてどうしたものかと考えながら、以前から懇意になっていた黒田克夫氏とその教え子の卒業展が、震災の当日から3日間行われていることに気付きました。もしやと思い、自転車で会場まで走らせたのが最終日であった13日です。会場であるグリーン・プラザの入口は開いていましたが、中に入ってみると、全てのシャッターが降ろされ、展示会場には入れない状態でした。そう、11日のわずか3時間弱でその展示会は終わっていました。

僕はこれまた迷惑かと思いながらも、後日黒田氏に電話をしました。電話に出られたことへの安堵感もつかの間、今回の展示会の様子を伺い、哀しい思いがしました。そして、すぐに出た言葉が「もし可能ならもう一度うちでやりませんか」でした。

その後、黒田氏には生徒らに連絡を取ってもらったりしたのですが、皆ちりじりになってしまい、またとてもそんな余裕もないことは僕も理解していました。何度かのやり取りの結果、残念ながら生徒らの参加はかなわないものとなりましたが、それは尊重しなければいけないものです。

そんな僕の気持ちを察したのか、黒田氏は僕のだけでも良ければと言ってくれました。思いがけない申し出です。そしてこんな紆余曲折の末、黒田氏の写真展を行うことに到ったのです。

本日、サイト更新し、詳細を告知する予定です。

タイトルは、『Origin and its Possibility』

震災に見舞われた今、もう一度、原点に振り返り、勇気を持って新たな可能性へ向けての一歩を踏み出していこうとの願いが込められています。



僕が今やれることはこんなことぐらいです。

それでも、出来ることからしていかないと、何も出来なくなってしまうような気がしますし、こんな時だからとの思いもあります。

時間の都合上、DM作成はしません。基本サイトでの告知になります。

今日、DMらしきものを手作りして、現在の会期中は置いておこうかとも考えています。

是非ギャラリーにもお越し下さい。そして、これをご覧になっている方は、お友達やお知り合いにお話しして下さい。

宜しくお願いします。

2011年4月13日水曜日

自分自身のやり方で

僕が今までここに書いている内容にはそれほど多くの事を語られてはいません。有益な情報や生活のために役立つものとはおよそかけ離れていることばかりです。全く有識ではないし、ましてや知名度もない僕の一言が人々に影響を与えるとは思ってもいないし、自分が考えられることぐらいしか書くことがないからです。


ただし、言動することには大小はあるにせよ責任が伴うことだと思っています。なので、下手な文章の中でも、自分自身言葉を選びながら書いていることを感じることがよくあります。(保身とか他人の批判を恐れてとかではなく)もっと、赤裸々に大胆に書いてしまっても良いと思いながらも、一瞬キーボードを叩く指が止まることが実際あるということです。

今回の震災についても、もっと多くの感情的な言葉が浮かんではきますが、実際、家や家族を失ってもいない僕が、それを体験したように書くことは出来ません。伝えることは出来るのかもしれませんが、何か空回りした、薄っぺらなものにしかならないと思ってもいるからです。

性格的に、見てきたような話は出来ないし、自分が現実にこの眼で、体で、心で感じ、その時に受けたものしか言葉やその反応としての行動が出来ないわけです。そして、僕はそれらを自分の出来る範囲で形として表わそうとしているだけですから、他の人にとっては物足りない、自己満足の世界のように感じるのかもしれません。

でも、これが僕の表現の方法で、その為にギャラリーなんてものをやっているわけで、今は変えられないのだと思います。先ずは形あるもの、触れられるものとして人々の記憶や心に残してもらえること、それも自分自身のやり方で。


全てを無くされた人々は、これから新たな形を作り上げていく必要に迫られます。さまざまな援助や支援の手が差し伸べられなければ出来ないことは確かです。

甘んじてそれらを受けましょう。

そして、出来得るなら、自分自身のやり方で少しずつ築いていってほしいと心から思います。

2011年4月12日火曜日

少しだけ休みましょう。

昨日の夕方以降、福島、茨城を中心に地震が続いています。地震が起きるたびに、胸が絞めつけられる感じがして、これ以上大きくならないで思いながら、揺れが収まるのを待っているだけしかありません。


降りかかってくる災いがただ過ぎるのを待つしかないことに非常にストレスを感じている人は多くいるのだと思います。自分から何かをすれば解決の糸口をつかめるといったものではないので、警戒や注意をしろと言われたところで、何が出来るの?と憤りさえ感じてしまいます。冷静を装いながらも、常に心の中ではそんな思いが駆け巡っているのです。

こんな状況で、被災にあった方々は必死の思いで頑張っています。気を張り、体を張りながら、一日一日を過ごしています。病気を持った方、体の不自由な方、生活自体を毎日懸命に行ってきた方、そして幼い子供までもそうなのだと思います。

数日前からタイトルから頑張ろうという言葉を無くしています。だって、みんなすでに頑張っているし、元々、被災地の方に向けてつけていたというよりも、自分自身に対して言っているようなものだったからです。

今は、少し休みませんか。

楽しいことに眼を向けて、現実からほんの少しだけ眼を背けたっていいんじゃないかと。
楽観的過ぎると非難されることを承知で、僕はそう思っています。

昨夜実家のマンションにある保育所で、決して大きくはないテレビを囲み、映し出されたアニメを見ている子供らの眼はみな輝きを見せ、笑顔や嬌声で溢れていました。こっちに来て、一緒に見ようよと言っているようにも感じました。



しなければいけないことは、これから沢山あります。

その為にも、少しだけ休みが必要なのだと思います。

誰もがこのままでは終われないと感じているのですから。

2011年4月11日月曜日

1カ月

今日で震災からちょうど1カ月になります。まだ1カ月なのか、もう1カ月なのかはうまく理解出来ていないのが正直なところです。被災の規模により、それぞれ違った感覚を持っているのだと思います。


現在会期中の"Gallery Collection & Photo Showcase"も震災の影響で会期を延長しましたが、いよいよ今週で終了の予定です。次の予定はいまだ調整中で、皆さんにお伝え出来ないのが残念ですが、近日中には決定するとは思っています。

1か月間、当たり前ですがお客さんは大幅に減っています。しなくても良いのではと何度も思いましたが、時折訪れて下さるお客さんの顔を見てしまうと、やっぱり開いておこうという気になってしまし、1カ月が過ぎていったように思います。

今回の企画は、以前ここにも書いたように「販売」を意識したものです。元々商業ギャラリーですから、販売が主であるはずなのですが、現状は鑑賞する場としての役割の方が強く、それはうちに限ったことではありません。それでも、将来を考えるとこのままで良いかと言えばそうではないと思い、敢えて「販売」を強調した企画にしています。

ですので、多くの人に見ていただいて、実際に購入してもらう、そんな環境の足がかりになって欲しいと思っているわけです。震災後、そんな状況ではないことは充分分かっていますが、まだ見られていない方は是非お越し下さい。

遅ればせながら、本会期中の作品売上の一部は、義援金として寄付させてもらいます。おそらく、次回からの企画展についてもそのような方向になると考えています。サイトは近日中に更新します。

それから、右下にある現在募集中の企画、ワークショップにも是非とも参加して下さい。今後ようやく落ち着き始め、生活を取り戻した時に、違った拠り所となるはずですし、一見ムダとも思えるものが、実はそうではないことに気付くはずです。

よろしくお願いします。

2011年4月10日日曜日

思い出

今朝は5:30にpolkaに起こされました。普段は無視したりすることもあるのですが、日差しが差し込んでいたのにつられてすっかり起きてしまい、朝の儀式も早めに終えて、マスターズを見ていました。


部屋の中はほとんど片付けられていません。地震で倒れ、棚から落ちたDVDやCDの山をひとところに置き直してあるぐらいです。そんなひと山から一枚のCDが目に止まりました。まだ自分でも写真を撮っていたころのデータCDです。5年程前のものです。

まるでアートとは程遠い、かつての仲間との飲み会の様子や新宿御苑で撮った桜なんかが入っていました。この時は、みんなに写真を渡す為に、外でプリントを頼んだので、データをCD化したのだと思います。

仲間の画像はいろいろと問題もあるので、桜とpolkaの画像がこれです。



polkaは今とほとんど変わっていません。東京は今頃桜が満開なのかなと思います。懐かしい仲間の顔は、思い出を呼び覚ましてくれます。



やっぱり、写真っていいです。


今日は天気も良さそうです。

頑張れる、そんな気分になれます。




2011年4月9日土曜日

特別

昨日早朝からゴルフの祭典と言うべき「マスターズ」の放送が始まりました。約1か月に渡り、震災の報道を繰り返し見ていたこともあって、きれいに整備されたコースや緑の色彩がとても新鮮に感じられました。


今日が2日目、予選通過がかかる日でした。今回の大会には日本人選手が4名参加しています。ご存じのように、「マスターズ」はオープンの大会ではありませんから、規約に沿って選ばれた選手のみが招待されるわけで、自分から出場をエントリー出来ません。実績や実力で選ばれた選手のみで行われる世界規模の特別な大会です。

今日予選を突破出来た日本人選手は、過去2度の挑戦で予選を通過出来なかった石川遼選手と日本人初のアマチュア選手として招待された東北福祉大2年の松山英樹選手でした。いずれも19歳の若者です。石川選手は既にプロとしての実績は充分な程で誰もが知っている選手ですが、松山秀樹選手はアジアアマチュア選手権で優勝し、マスターズへの出場切符を手に入れました。

画面からは、2人とも物おじせず、堂々とプレーしていた様子が伝わってきました。また、充分にそれぞれの個性が出たプレーぶりは、見る側に気持ちよさや心地よさすら感じさせてくれます。残りの2日間にどんなプレーを見せてくれるのかの期待感と共に、大きな可能性を見せてくれたように思います。

テレビを見ている多くの人は、この若者2人は特別なんだよねと思うことでしょう。実際、僕もそう思うし、誰もが出来ることかと言えばそうではありません。しかしながら、必ずそんな自分の姿を想像しながら、毎日のトレーニングや今までの大会に臨んでいたようには思えるのです。そして、徐々に備えられた実力に運も味方して、選ばれるに至ったのです。

他の選手も含め、彼らは多くの人々に自分のプレー(行動)によって、感動や希望といったものを見せてくれます。本当は、自身の本位とは違った形なのかもしれません。だから、そういう意味でも選ばれた特別な人間なわけです。

でも、始まりは皆同じです。そして、決して多くの人々ではなくても(たったひとりであっても)、人それぞれに大切で特別な存在であるはずなのです。


可能性は誰にでもあるわけで、むしろそれを阻害したり、閉ざしてしまっているのが、自分自身であったりします。忘れちゃいけないのは、生きていられる時間には限りがあるということ。

それも皆同じ。


繰り返される日常に埋没してしまわないように・・・。

2011年4月8日金曜日

いつものように

昨夜11時32分に震度6強の余震が起こりました。自室でソファーに横になっていたのですが、すぐに飛び起きてテレビを押さえていました。先月11日の大震災の際は、ギャラリーにいて、尋常ではない揺れに何も出来ない状態でしたが、昨夜のそれは規模は小さいにもかかわらず、上の階であったので、同じような揺れの感じを受けました。


幸いライフラインは止まることなく(ガスは一時的に止まりましたが、リセットし直してつきました)、エレベーターが動かなくなった程度で済みました。ようやく、ガスが復旧し始めたばかりで一安心していたところでしたから、また止まってしまうのかと思いましたから、幸運だったと言えます。

polkaはすぐそばにいたのですが、地震の最中は身じろぎもしませんでした。収まると同時に立ちあがり、部屋中をウロウロとし始め、いたるところで上を見上げ始めました。それは、自分の居場所をひとつひとつ確認し、今起きたことが何なのかを調べているようにも見えました。

テレビでは各所での停電の様子や被害状況が映し出されていました。それでも何より怖いと感じたのは津波警報の発令でした。また同じようなことが起こらなければ良いのだがとの思いがずっと頭から離れません。1時間を過ぎた時点でそれが解除された時は、当事者ではないにせよ、いくらか安堵している自分がいました。

専門家や気象庁はまだ同程度の余震の可能性があると話しています。そんな話を聞いていると、いつまでこんな状態が続くのだろうかと、暗い気持ちになってしまいます。そんな気持ちのまま、階段をとぼとぼと降り、ギャラリーの様子を見に行きました。

ギャラリーの扉を開けると、何も変わっていません。地震なんか知らないよとでも言っているように作品たちは壁に全て残っています。ある程度、予想はしていましたが、思わずほぉーと声を上げてしまいました。

驚きというよりは、変わらないことへの安堵感で、そうなったのだと思います。

それから、変わらず続けていきたいとの思いが強く、湧きあがってきました。そして、少しでもこの場で感動や安らぎ、落ち着きのある心を取り戻してくれたなら。


このブログを読んで下さっている数少ない方々にこの場でお願いします。

是非とも、写真を展示、発表することで、多くの方に復興への可能性を見せて欲しいのです。その為のサポートは惜しみなく行います。

地震以来、こんな時に何やっているのだという声が僕の頭の中でずっと渦巻き、もっとやることがあるのでないかと急かされている感じがしています。でも、僕が今出来ることは・・・ギャラリーを続けることなのだろうなと。


今日も一日が始まります。

いつものように。

2011年4月7日木曜日

温度差~頑張ろう-25

今朝の天気予報で、日中の気温が18℃程度まで上がると言っていました。例年の気温と比較すると5月中旬並みの暖かさのようです。日差しはそれほど強くなく、南風が温かさを運んでくれるとのこと。それでも、最低気温はまだまだ低いので、お年寄りを問わず、温度差で体調を崩されないといいなと思います。


東北沿岸や福島原発の状況をニュースで見ていると、仙台中心部と被害が甚大な地域とに感覚的に温度差を生じ始めているように思います。ガスの復旧も進み、おそらく今週中には中心部のほとんどの家庭ではライフラインを取り戻し、ガソリンも徐々に回るようになってきましたので、ようやく生活感を感じられるようになるかもしれません。

一方、避難所にいらっしゃる方々、別の地域へと避難し暮らされている方、地元に残りライフラインも復旧されず不便な生活をされている方は、まだまだ普段の日常とは離れたところにいます。おそらくは、テレビや新聞から得られる情報についても、まるで違った感覚を受けているように思います。

喉元過ぎれば云々という言葉があります。多くの人は苦しい、辛いことから逃れられた時に、安堵し、喜びの感情が生まれるわけで、それも致し方ないことなのかもしれません。でも、起きてしまったこと、特にそれが肉体的、精神的にとても辛く、苦しいものであればある程、決して忘れられないものなのだと思います。そう、忘れようとしたって、身体が、頭が、そして目の当たりにした眼が事実を忘れようとはしません。ただ、記憶は薄れていくもので、それがあるから生きていけるとも言えます。

現在、僕自身、元に戻りつつあるけれど、決して同じにはならないであろうこの状況にとても違和感を覚えています。不思議なことにライフラインがひとつずつ回復されるにつれ、その感覚は強くなり、それらが温度差という言葉に繋がっているように思えます。


人の思いはそれぞれ違い、その全てを理解することなんて不可能なのでしょうが、あきらめずにどうすれば良いのかを考えていくしかないのでしょうね。


考えていれば何かは生まれると思います。

焦らずに頑張りましょう。

2011年4月6日水曜日

新たな価値観~頑張ろう-24

現在新聞、テレビ等の写真や映像はカメラという機械によって切り取られた断片です。ですから、世の中に見えているものは、震災の爪痕の一部分でしかありません。そこで暮らす人々の思いや感情をカメラは捉えようとはしません。あくまでも、目の前にある事実を収めるに過ぎないわけです。


したがって、現地で直接惨状を目の当たりにした時に覚える感覚がそのまま表れることもないし、それ自体を想起させられるものでもありません。極端な話、記録のひとつひとつに過ぎません。

これは、すごく個人的な考えで言い過ぎているとの感はあります。実際、そうではないと思い、これまでもそして今もシャッターを切っている人々が多くいることも理解しています。そして、その中には、非常に個人的なものであったとしても、やはり単なる記録としてだけではない何かが備わっている、そう感じられるものもあります。

一方、アート、芸術としてのそれは、事実を表現する必要はありません。むしろ、目指している部分はもっとコアで、真実とでも言うべきものに近いように思います。作品の表層にあるものはそのヒントであり、一部であるから、むしろその内側に宿るそれらが重要になるのです。でも、真実というものはとても分かりづらく、見えにくい性格をしています。それゆえ、作家は悩み、苦しむわけです。

そして、生み出された作品の全てが受け入れられるとは限りません。むしろ、その逆の方が多いように思います。新たな価値観を見出す為には、過去のそれを見直し、深く追求する姿勢と逆にそれらを壊すほどのエネルギーが必要だからです。誤ったやり方や薄っぺらな考えは、見る人々にすぐ見破られてしまいます。

今回の震災は未曾有の出来事です。ですから、写し撮られた写真の意味もこれまでとは違ったものになるはずです。そして、多くの写真の中には、真実を写し撮ったものがあるかもしれません。そこが、偶然性をも持ちうる写真の力でもあると、僕は思っています。

そして、復興に対しても、新たな価値観が必要になってくるでしょう。

それを見つけ、行動を起こすことは、とても辛く、苦しいことなのだと思います。

ある意味、その行為そのものが、過去からの決別となってしまうかもしれないのですから。

時間が必要です。


焦らずに頑張りましょう。

2011年4月5日火曜日

いつかはきっと~頑張ろう-23

震災以来めっきりお客さんも減り、ほんの少し凹んでいます。昨夜から寝泊りを自室に変え、寝るまではpolkaがずっと膝の上にいるので一緒に暖を取っているような感じです。全然片付いてもいなく、ガスもない部屋ですが、気分は違うものです。いるべき時間にいるべき所にいることは精神衛生的に良いですね。


だから、ずっと避難所等で過ごされている方の苦労は余計感じられます。仮設住宅に移動出来たとしても、やはり苦労は変わらないのかなとも思ってしまいます。命あってのものだからと自分を納得させようとしていても、そうは簡単な話ではありません。

これから復興に向け、皆で一所懸命がんばっていかなければならないのは分かっていますが、先の見えない現実はその気力さえ押しつぶしてしまうのではと考えてしまいます。物事を前向きに捉えたいと願っていて、実際その通りに行動していても、うまくいかない時はあるものです。そんな時は、いつも「いつかはきっと」と自分を奮い立たせているわけです。かなり楽観的ですが・・・。

今日は、とてもグチっぽくて済みません。そう、いくらグチを言ったところで、僕は器用ではありませんから、「いつかはきっと」と思い続け、懸命に考えていくしかないのですね。写真が好きな方は沢山いらっしゃるし、生活に直接影響の無いアートに理解を示して下さる方も少なからずいますから。

そのような方は、是非、ワークショップや写真展へ参加して下さい。

目いっぱいサポートします。



その為には、先ずは頑張れと、自分自身に言い聞かせないと・・・。

2011年4月4日月曜日

“you live freely only by your readiness to die”~頑張ろう-22

昨日はお客さんも来ず、少し気が滅入りそうになってきたので、不謹慎と思いながらも、PCで映画を見てしまいました。その映画を見たいというより、エンドクレジットに流れる曲を聞きたかったのかもしれません。

その映画は「めがね」と言います。癒し系と称される映画なのですが、鹿児島県与論島にある浜辺の宿「ハマダ」を舞台とし、その日常が淡々と描かれているだけのものです。結構好き嫌いが分かれる種類のものです。

曲のタイトルも「めがね」ですが、映画同様にタイトルと内容に関連はありません。
歌詞はこちらです。


大貫妙子さんによる楽曲です。いつもの透明感のある声で、ごくさりげなく、おだやかで、美しいメロディーがついています。

歌としてはこちらです。


歌詞の中に、英語の部分があります。

“you live freely only by your readiness to die”


ガンジーの言葉の引用と思われる一節で、原文はyou がmanになっています。直訳すると、「ひとは死ぬ覚悟があってのみ自由に生きられる」となりますが、ガンジーが言葉にすると、そのものズバリのように聞こえてしまいます。


いささか大げさですが、人それぞれ、大なり小なり覚悟のようなものはあるのだと思います。でなければ、自分自身が物理的に無くなってしまう死をゴールに生きていく矛盾に、立ち向かっていけないからです。


そういった意味では、自分を全うすることが、その人を自由にすると解釈出来るようにも思えます。はかなくもこの震災で命を失った方々、そして残された家族や友人の悲しみを本当に理解することは出来ません。


だから、残されたもののひとりとして、自分を全うしていくしかないのかもしれません。




今日も無理せず、頑張りましょう。

2011年4月3日日曜日

今が本当の日常にならない為に~頑張ろう-21

今朝はほんの少しだけ寝坊をしました。といっても、何度か夜中に目を覚ましながら、その都度眠りにつくような毎日ですから、たまたまそのサイクルが変わって、本当に起き上がる時間が遅くなっただけです。


おそらく、多くの人たちは眠れない、寝たとしてもすぐ目が覚めてしまう、そんな夜を過ごしているのだと思います。肉体的な疲労は自然に眠りを誘い、その回復を取るような仕組みになっているはずなのですが、精神的な狂いが本来の姿を妨げていることは明らかです。

よく、信じていれば、違った薬を飲んでいても病気が良くなると言われますが、あながち嘘でもなく、それほどまでに精神が肉体に及ぼす影響は大きなものです。テレビ、メディアでは、連日悲惨で過酷な状況や情報が映し出され、伝えられ、驚愕や悲しみの感情が自然に表れてきます。それは、被災していない方にとっても、一瞬同化するような錯覚すら呼び起こしてしまうのではと思わせます。

人は環境に対して適応力があり、それゆえそこでの慣れは感情としての新鮮さを失わせ、強いては行動をも阻害する場合があります。震災から3週間を過ぎ、平時の落ち着きを少しずつ取り戻しつつありますが、津波の被害を直接受けていない場所でも、ライフラインはいまだ復旧していません。僕もそうですが、今ある日常に適応し、行動していくしかないわけで、それは明らかに今までとは違う行動になっているはずです。

それって、やはりすごく精神的には良くない状態で、そのダメージは徐々に蓄積され、知らず知らずの内に肉体へ及んでくるのかもしれません。しかも、その耐性は、年齢や性別に関係なく、子供やお年寄りが一律に弱いのかと言えば、そうではないように思います。


昨日も書いたように、今は我慢時なのでしょう。

そんな中にあっても、娯楽や趣味で少しでも気が紛らせることが出来るのであれば、そうした方が良いと思っています。不謹慎とかそういうことではなく、ストレスに対してのバランスとして、そして、今が本当の日常にならない為にも、そんな時間を大切にして欲しいのです。


これも、ギャラリーを開けている理由のひとつです。


今日も無理せず、頑張りましょう。

2011年4月2日土曜日

我慢強さ~頑張ろう-20

東北の人は我慢強い、粘り強い、昔からそう言われます。


震災後は、特にその言葉を聞く機会が増えたように感じます。冬の厳しい寒さに耐えしのび、無口に黙々として生きている、そんなイメージが広く世間一般に伝わっているからなのかもしれません。

僕もこの仙台で生まれたわけですから、東北出身の人になりますが、個人的にはそんな気質をもっているかなんて意識したことはありません。どこかで、周りとの距離を保つための壁というか殻というかそんな内向的な部分があるようには思っていますが、それだってただ厚く、硬いだけのものではありません。

与えられた環境や立場の中で、言葉少なく一所懸命に行動している姿は、それだけで良く頑張っているよねと思わせるところがあります。また、口も重く、自分の意思を行動として表わすことが苦手であるから、多少嫌でも、我慢してやるしかないんだと、無意識の内に言い聞かせているかのように見えるのかもしれません。

でも、信念とか主義とか大それたものではないにしろ、どんな人でも自分自身の価値感や考えに従って生きているはずです。結局、最終的な判断は、それによるのだと思っています。(人の意見や考えを無視するということではありません)それは、東北の人に限らず、どの地方の人にも言えることです。

震災は、ある意味、我慢強さや粘り強さの根本を僕たちに見せろと言っているのかもしれません。こんな途方もない代償を与えた上で。

じゃぁ、どうやってそれを見せるかということですが、やはり、自らの意思を持って毎日行動していくしかないないんじゃないかなと僕は思います。それは、実際に目に見える行動であっても、そうではない部分で表現しても、どちらでも良いのだと思います。

決して、簡単なことだとは思っていません。

そう、今すぐみんなでやりましょうよと呼び掛けて、ただ集まれば出来るほどたやすいことでもありません。



それでも、そういう思いの入ったひとつひとつが集まれば、きっと良い方向へ行くのだと信じています。それは、以前から話しているように、個と個を繋ぎ、少しでも大きな力へ変えることと一緒です。

その為なら、我慢のしがいもあるのでは、と僕は思うのです。


今日も無理せず、頑張りましょう。

2011年4月1日金曜日

伝えよう~頑張ろう-19


昨年3月に福島に行った時に撮った梅です。

着いた途端ににわか雨ならぬにわか大雪に見舞われたのですが、止んですぐに街を歩いていると、盛りは既に過ぎていましたが、何本か花をつけていました。

今年は梅どころではありませんし、これからの桜の季節を楽しめる、そんな雰囲気でもありません。それでも、季節は流れていて、いつものように花を咲かせるのでしょう。震災で倒れ、朽ちてしまった木は多くあるのでしょうが、残された木々は何もなかったかのように大地に根ざし、僕たちに変わらぬ姿を見せてくれます。

姿形の優美さや勇ましさ、色彩の華やかさといった外面の美しさだけに、人は惹かれるわけではありません。佇まいに憂いを感じたり、儚さを受けたりと、たとえ同じものに対してでさえ、その印象は変わります。その時々の自分の気持ちによっても捉え方は変わってくるものです。

人に対しても一緒ですね。やはり、同じ自然の生き物ですから。

違っているのは、様々な表現で伝える手段を持っているところです。人って、意図的であれそうでないにせよ、間違った見方をされたとしても、常に何かを伝えようとしているのだと僕は思っています。

そうでなければ、コミュニケーションやコミュニティーなんて存在しないわけですから。

人はひとりでは生きていけない、生きていないことは誰しもが分かっていることで、今はそれを強く意識出来る時だから、遠慮なく自分を伝えるべきなのだと思います。



今年は桜を見に行こう。

唐突にそんな思いが・・・。



今日からは19:00まで開いています。

無理せず、頑張りましょう。