2011年4月20日水曜日

雪降る中の桜の木

昨夕に突然降りだした雪。この時期に、ましてやこんな時に降るのかと思いながら実家への道を歩いていました。道すがらすっかりピンク色に染まった桜の木に気づいたのですが、降りしきる雪の中、それはとても不思議な光景に見えました。


冬のさなかに、突然、咲いてしまった桜のように、僕には見えたのです。実際はまるで逆なのですが、朝から気温も上がらず、雨模様で、しかも冬本番のように防寒していた僕にはそんな風に思えました。たぶん直感的に、想像外で決してありえない風景に感じたのだと思います。

今、被災にあった沿岸部の風景もそうなのです。その時、一瞬の間でその景色が浮かんできました。そんな中、いつもと変わらずに咲いている桜は、多くの土地に根付いているわけで、そんな姿に変わらぬ日常を思い出している人々もいるのだと思います。

変わらないことの素晴らしさや美しさは、元々僕たちは自然で当たり前のこととして捉えがちです。その為、殊更に意識せずにそれらと接しているものです。無くしてしまって、初めてその大切さに気付くこともあります。そこに或ることが当たり前であればある程、その傾向は強いのだと思います。

今ここにあったものが、次の瞬間無くなってしまうことがあることを、僕は今回の震災で改めて思い知らされました。だからこそ、「今」を強く意識しろよと言われているように感じます。

表現の世界でもそれは一緒です。何気ない日常にその美しさを見出すきっかけとなったり、考えもしなかった出会いが既にあったことに気づかせてくれたり、さまざまな「今」を表わしているのです。

こんな今だから、それはもっと求められて良いのだと思いますし、誰にでも出来ることなんだと僕は言いたいです。

桜咲く春の雪であるのか、雪降る冬に咲く桜であるのか・・・。

それは、心のままに、自由に。

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